三社参り ~那珂川参り~
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
山へご来光を見に行けなかったので、地元(福岡)那珂川の三社参りへ。
この辺りのお正月のお参りは、三社行きます。
那珂川は「猿田彦神の発祥の地(市公認)」とされています。
さらに、住吉の元宮もあるので、「住吉神の発祥の地」でもあるのです。
氏神様の住吉の元宮、現人(あらひと)神社。
(☆→現人神社 ~福岡県那珂川市~)
ご祭神、住吉三神と神功皇后。
パワースポットとして知る人ぞ知るお社。
最近、有名になって人が多くなってきたので嬉しい限りです。
この後、娘の「とうらぶ・お散歩」に付き合って、裂田神社へ。
裂田溝(さくたのうなで)を通って行きます。
神功皇后と武内宿禰、土地の人が力を合わせて造ったという、日本最古の現存する水路。
翡翠もくるらしいのですが、まだ見たことないんですよね~。
左手の林に裂田神社があります。
右手が安徳台。
ここには伝承がありました。
裂田溝を掘っている際、行く手を阻む大岩が現れました。
武内宿禰が祈ると雷が落ち、これを砕いたとされます。
雷が轟いたので、とどろきの丘(安徳台)。
ちょうど林の右端に、その「大岩」があります。
武内宿禰は高良神であり、住吉神、饒速日命です。
高良の伝承では、高良神は武御雷神と同神。
「雷を祈って落とした」
この伝承は、彼が雷神でもあることを示唆しています。
裂田神社
ご祭神、神功皇后。
(☆→裂田神社と裂田の溝(さくたのうなで) ~福岡県那珂川市~)
彼らが200年代なら、1800年もの間大切に受け継がれてきた水路。
彼女が福岡にいたと推定される期間では、到底この工事は終わりません。
でも、確かにここには彼らの足跡があります。
ならば、彼らはここにずっといたのです。
二社行ったなら、三社参りで「日吉神社(山王宮)」へ行こう。
幟端があがってます。
初めて来たとき、この辺りからびりびりするような凄いパワーを感じました。
境内の猿像。
前に写真が天狗のような光が写りました。
光った時の写真
ここは日吉大社の元宮の一つです。
(日吉大社の御祭神は、大神神社から勧請した大己貴神と大山咋神。二つの宮の神は同神としている)
(☆→日吉神社 ~福岡県那珂川市~)
最澄さんが「ここの猿田彦神」を日吉大社に勧請しました。
しかし日吉神社のご祭神の中に、その猿田彦神の名はありません。
(土地の人は、猿田彦神として祀っています)
すべて同神であり、日吉神社の神(まとめて)が猿田彦神でもあるからです。
日吉神社のご祭神
天御中主神、大己貴神、日子穂穂出見神。大山祇命、八雷神、菅原神、迦具土神、田心姫神、高淤加美神、闇淤加美神、手力雄神、宇賀魂神、表筒男神、中筒男神、底筒男神、須佐之命、天照大神。
「住吉神、猿田彦神」が同神なので、那珂川には両神の「発祥の地」である元宮があるのです。
帰り、ついでに「伏見神社」へ。
ご祭神、淀姫(豊玉姫)、スサノオ命、大山祇神、神功皇后、武内宿禰。
淀姫は神功皇后の妹とされますが、同神です。
別名の豊玉姫は、伝承から彼女だとたどりついてます。
神功皇后、住吉神。
彼らは1800年以上前、この地で暮らしていたのです。
愛しい愛しい我がふるさと。
山も水路も土地の人も。
何千年経ても何一つ変わらないものが、ここにはあります。
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