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« 神の系譜*豊受大神 篇 3 ~高良大社の豊姫*豊受大神~ | トップページ | 高良大社の旧豊比咩神社* ~豊姫と神功皇后 後編~ »

2023年4月 6日 (木)

高良大社の旧豊比咩神社* ~豊姫と神功皇后 前編~

続き 

☆→神の系譜*豊受大神 篇 3 ~高良大社の豊姫*豊受大神~

 

高良大社の旧豊比咩神社の社地を探索。
周りをぐるっと一周してみる。

高良大社の本殿には高良神と共に豊比咩神が合祀される。
元々は高良山の麓にあり、後に合祀されたとのこと。

その場所へ。

 

目的地は下の地図の1になる。

青い線の中は、ほぼ私有地なので入れない。

Screenshot_202304060458412

(地図1*1の星印が旧豊比売神社の地
*地図はYAMAP)
2の数字の辺りが下の橋。

Screenshot_202304060458452

(写真1*橋)


2の橋に立ち、1を見たところ。

左に見える小山(1の場所)にかつて、豊比咩神社があったのだ。

Screenshot_202304060458512
(写真*2 案内板)

案内板。

御手洗橋の名の起こりについて記されてある。

池の南東の玉垣は、高良の神がここで御手を洗って山に登られた、といういわれのある井戸の名残り ここにも高良の神が関わっていた。

このような一つ一つのいわれが、 この場所(の神)との「縁」を物語るのだ。

この橋の右側の小さな島の上にあるのが、厳島神社。
御祭神は市杵島姫命(弁財天)。

Screenshot_202304060458552(写真*3 厳島神社の島)

厳島神社は、この小さな島の中。

Screenshot_202304060458592(写真*4  厳島神社の祠)

祠が見える。
島の上にあるが、写真1の橋は、向こう側(奥)に導いる。
それが写真1の小山。
 橋の奥にある白い車の先がこの場所。

Screenshot_202304060459022(写真*5  旧  豊比咩神社の参道)

フェンスがあり、参道の石段が残されていた。

これがかつての豊比咩神社への道。
(地図1の2の数字の右下辺り)

この先は私有地なので、様子を伺い知ることは出来ない。

ぐるっと一周してくる。
地図1のS(スタート)位置から上の線を左へ。

4が高良大社の下社。
別名、祇園さん。

Screenshot_202304060459082

(写真*6  高良大社の下社・祇園さん)


高良神である饒速日命は、須佐之男命(祇園の神)でもあった。

故に、ここが祇園さん。

☆→祇園の神 9 ~高良大社の祇園の神~

ここから、高速の高架下を潜り、祇園山古墳へ。

Screenshot_202304060459112(写真*7   祇園山古墳の案内板)

時代は3世紀頃とされ、殉葬者60人以上。
卑弥呼の墓の比定地とされている。

彼女が卑弥呼でもあるので、ここがそうなのだ。
また神功皇后の眠る地でもある。

☆→祇園山古墳 10 ~卑弥呼の墓*祇園山古墳~

Screenshot_202304060459162(写真*8   祇園山古墳  石棺)

 

祇園山古墳の上。
石棺は草に埋もれていた。

遠く脊振が見える。
長めのいい場所を占地といい、位の高いものが眠るということ。
彼女が高良の神の后であるから、かの神の山の麓に眠るのだ。

しかも「祇園山」と言う名。

神功皇后も祇園の神の一柱。

☆→祇園の神 2 ~祇園の神は住吉神(安曇磯良神)~

Screenshot_202304060459202 (写真*9   旧豊比咩神社周辺  池)

さらにぐるっと回って。

地図1の3から1へ進むと、左手に池が見えた。
地図1の南(下)にある池。

段差があり繋がってはないですが、地図では左右にあるよう。
(左手は私有地で柵がある)

Screenshot_202304060459282

(写真*10   旧  豊比咩神社  跡地)


1を過ぎ、道路に交差した地点から、1の小山を見上げたところ。

 

この奥に旧豊比咩神社があった。
この旧社地を囲み点在する池と橋。

これらは弁天池。

(奈良の廣瀬大社のようにぐるっと囲ってなくとも意味を成すよう)

高良大社に高良神と共に祀られる豊姫は、弁財天であり、市杵島姫命であるということを示す。

 

( つづく )

 

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