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2023年5月30日 (火)

饒速日命と神功皇后 1 ~神功古道~

神功古道とは、神功皇后が秋月の羽白熊鷲を討つために進軍した道。

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「神功古道]
筑前砥上~勝山・陣ノ内・畑島~森山峠~栗田~弥永

(以下、要約)

香椎宮から進軍し、栗田の(現在の)松峡神社(まつおじんじゃ)へ。
そこで陣を整え、熊鷲軍との決戦に臨む。

決戦地は「層曽岐野(そそぎの)」(新町・高畑付近か)。

*香椎宮→松峡(栗田)→弥永→秋月→層曽岐野で熊鷲討つ
→砥上で武器を砥ぐ(新羅へ向かう為)

砥上神社付近の伝承は、新羅へ進軍する為とある。
砥上神社がある場所は、中津屋(なかつや)。

熊鷲軍を滅ぼした後、新羅へ出発する準備の為に、「中ツ宿」なりと逗留したことから。
砥上(とかみ)の名は、池で武器を砥がせたことから。

 

<羽白熊鷲と対峙した神>

羽白熊鷲は、伝承では空を飛ぶ羽を持ち、人をさらったと記されている。
伝承によって名を変えていたが、すべて同じもの。

神功皇后が対峙した「羽白熊鷲」。
高良の伝承の「イルヰ(異類)」。
筑紫神社、荒穂神社、筑後国風土記の「命ツクシ神」。 

  (☆→二つの伝承 4 ~ちくし神・福岡県筑紫野市~)

 

それらは、「シタクラツクシ坂」であった、冷水峠で重なる。

故に、退治した者も同神。

 (☆→二つの伝承 7 ~冷水峠~)

 

高良神=住吉神=筑紫神=白日別=筑紫の国魂(高良大社の神)(*1)
神功皇后=甕依姫=玉依姫=宝満神(*2 *3)

 

また、羽白熊鷲は少なくとも、
古処山の北

 (☆→射手引神社 1 ~神功皇后と高良神の熊襲退治~)

秋月周辺

冷水峠(シタクラツクシ坂)に出没していた。

一体ではなかったのだ。

 

<高良神と神功皇后>

上記の伝承が同じ。

高良神(住吉神)が神功皇后と行動を共にし、イルヰ(羽白熊鷲)と対峙していたことを意味する。
実際、高良の伝承には、それが記されてあった。

さらに、高良神は物部の祖神、饒速日である。
三種の神器をもたらしたのは、高良神だ。

☆→高良玉垂宮神秘書 2 ~高良神は物部の祖神~)アメブロの記事

☆→高良玉垂宮神秘書 4 ~三種の神器と神紋~

 

では、

彼は、饒速日命。*1
彼女は御炊屋姫。

大和で出会い、共に筑紫に移動、その後の名が神功皇后であり、宗像神。*2

 

*楯崎神社 には、 大己貴神と宗像姫が、異類と戦った伝承がある。
 (☆→祓いの神 7 ~楯崎神社*大己貴神は饒速日命~)
 

饒速日命は大己貴神であり、彼女は宗像姫。
すべて、(おそらく意図的に)名を変えられているだけ。

(ここでは、神功皇后の名で続ける)

 

いつも彼女の傍らには、彼がいたはず。
伝承の中では、住吉神、武内宿禰と名を変えていた。

                                            *


神功皇后は、冷水峠の側の大根地山で、羽白熊鷲を鎮める為に神々を祀っている。
では、上の案内板の内容は少し変わってくる。

 

****

 

香椎宮から進軍。

☆1 大根地山に向かい、山頂で神々を降ろす。
側の冷水峠(シタクラツクシ坂)の命尽くし神(羽白熊鷲)を退治。

そこから南~東へ。

 

☆2 砥上岳の麓の日吉池で剣を砥ぐ。
砥上岳で神事となるだろう。

*****

 

☆1 大根地山での神事は、羽白熊鷲との戦いの為。
麓の冷水峠にそれがいたからこそ、大根地山で神事をしたのだ。

 

☆2 砥石岳へ
砥上は冷水峠から約7キロ、1時間半程。

彼らはすでに冷水峠で、熊鷲と戦っている。

砥上岳の麓の池で武器を砥いだのは、これから向かう秋月の羽白熊鷲との戦いの為。
そう考える方が自然だ。

 

砥上岳にはみそぎの原(はら)がある。
山頂で神事をするためにみそぎをしていた。

神の力を得て、秋月へ進軍という流れになるだろう。


                    *

<祀られた神>

彼女は何を祀ったのか。

砥上岳山頂には、神功皇后が祀ったという、武甕槌神の祠がある。
弥永の大己貴神社には、大己貴神。

二柱とも、饒速日命。
神秘書では神功皇后と共にあり、夫婦であったという住吉神(高良神)、その人だ。

 

では、彼女が祀ったのは彼ではない。

彼女は、おそらく「(原始の?)神」を祀り、名を変えた饒速日命を祀ったのは、後の世に奈良から移動してきた人達。(そのまた後で名を変えられた可能性も)

 

大己貴神社、及び大神山は、奈良の大神神社の後に造られたもの。
後の世の人は、故郷の神の伝承があったこの地に、故郷の神を祀ったのだ。


神の移動・勧請が起こる理由の一つになる。

 

< 集まる民 >

大己貴神社の伝承には、
「新羅進軍の時、神功皇后が兵が集まらないので社を建て神に祈った」とある。
もともと香椎の宮にいたのならば、新羅との戦いの準備を、わざわざこの辺りでする必要がないのではないか。

 

しかも、「今から秋月へ」向かうのだ。
ここから5キロほどしか離れていない。

ならば、「熊鷲軍に苦しめられていた土地の人が、皇后軍に加わった」

というのが真実では。

                                                 *

筑紫には二千以上の神功皇后の伝承があるとされる。
しかし、大和にはわずか。

応神天皇の義弟たちを誅したのみ。

筑紫であれだけ登っている山にも、大和では一つも登っていない。


それは、「高良」の伝承の通りに、神功皇后が大和に戻らなかったことを示唆しているだ。

 

( つづく )

 

 




*1 饒速日命と同神。
安曇磯良神、天照、大物主神、大己貴神、大国主神、鹿島神(武甕槌神)、春日神、他。

(下記は、一部)
*住吉大社  天火明命(饒速日命)を祖神とする一族が祀る。住吉神=天火明命=饒速日命

 (☆→住吉大社 ~饒速日命と天照と二つの珠~)

 

*鹿島神宮  物部氏が代々、神官を務める。物部の祖神=饒速日命

*高良大社  古来は、物部の領地であり、祖神(饒速日命)を祀る。

 (☆→神の系譜 2 ~伊勢の神は磯良神・日月の神~)

 

*籠神社   天火明命と豊受大神を祀る。

*伊勢の神は、籠神社の月神を呼び寄せた。

→伊勢の神=天火明命と豊受大神(市杵島姫命)=天照と豊受大神(宗像大神)          

 

*高良神は、安曇磯良神、住吉、鹿島、春日と同神。

*三輪の神は大物主神であり、大国主神、天照。

 

 

*2 御炊屋姫は市杵島姫命(宗像大神)であり、豊受大神、弁財天、神功皇后など、同神。

 (☆→神の系譜*豊受大神 編 5 ~女神・天照~ )

 

 

*3 宝満神(宝満宮竈門神社)の神は玉依姫、神功皇后、八幡大神。

玉依姫も神功皇后。

筑紫神社にも玉依姫が祀られている。

白日別である高良神と共に、イルヰと戦った神功皇后、その人。

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