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2023年8月22日 (火)

高良玉垂宮神秘書 7 ~高良神*神功皇后の祈りにより出現~

続きです。

☆→高良玉垂宮神秘書 6 ~皇宮と兜率天~


今までの事を念頭に置き、いよいよ高良神と神功皇后との場面。
(今までのと重なる所があります)

 

高良神は物部の祖神、饒速日。
神功皇后は、彼の后の御炊屋姫。

彼らは二柱の天照であり、高良神が隠神となるのは神の交代を意味する。

 

では、神秘書は彼らのことをなんと伝える。

 

 

< 高良神出現 >

高良神の出現の様子。

十五代神功皇后の時、異類が日本に来る。

その時、筑前の四王寺の峰に登り、大鈴を榊の枝にかけ、七日の間、異国の退治を虚空に祈った。

東の空に白雲現れる。

たちまち四方に開き光を放って、月神(高良神・底筒男尊)現れる。

月神が現れて半時してから、住吉明神(父のウガヤフキアエズ)と日神の垂迹の表筒男尊と中筒男尊が現れる。

白雲の中に四本の鉾を打ち違えたるは、四天王の鉾。

 

異国遂伐の時の高良の御文はこれである(神紋)。

四方に光を放つゆえに、門光。

Screenshot_202308221109242

高良大社神紋

高良四天王が、天降った所を四王寺が峰と名付けた。
(中筒男尊=神武天皇はすぐにいなくなる)

 

神功皇后は、月神と日神を両副将軍と定めて、三韓を攻めた。

その後、住吉明神(ウガヤフキアエズ)は帰って行った。

また虚空(兜率天)に住み給う。

(「高良玉垂宮神秘書」より 解読)

 ①

神功皇后の時代、異類が攻めてきた。
それは、「三韓征伐」でも「地方の豪族」でも無いことは伝承から分かる。

異類とは、人で無いものを言う。

住吉四神はすべて同神であり、后は神功皇后。
彼らは名を変えられた饒速日と御炊屋姫。

彼らが出会った場所は、伝承により違う。

*1 上記神秘書では、筑紫の四王寺山で、神功皇后の祈りにより現れる。
*2 神話(記紀)では住吉神は、神功皇后の三韓征伐の折りに船の舳先に現れる。
*3 饒速日と御炊屋姫は、大和で出会ってる。

 

彼らは*3の大和で出会ってるはず。
なぜ、このようなことになっているのか。

 

最たる理由は、二つある。

皇紀を紀元前600年としたこと。

高良神である饒速日は、皇室の祖神とされなくなったこと。

 

実際の彼らは200年代前後。(彼女は卑弥呼)
ゆえに長期の「作られた歴史」のその時代辺りに、彼らは入れ込まれている。

 

3世紀の日本の様子を告げる魏志倭人伝。
当時の様子を見ると、紀元前600年前から皇室が続いてるとは誰も思わないだろう。

神話で彼女が仲哀天皇の后であることも、これらに起因する。

 

記紀では、仲哀天皇は筑紫に来た後に崩御。
その時に神功皇后の側にいたのが武内宿禰であり、住吉との縁も匂わせる。

記紀では崩御の場所も違う。

彼女が身ごもった子は、不自然な妊娠期間。

 

すべて、皇室の歴史に取り込み、時代も合わせる為である。
しかし、武内宿禰、住吉神という存在は消せなかった。

神話、記紀はすべて彼らに繋がる暗号なのだ。

 

匂わせは彼女にもある。
日本書紀については、魏志倭人伝の記述を入れ込み、他国の書では彼女が卑弥呼だと暗に告げている。

彼女はそれであり、彼らはその時代の者である。

  (☆→祇園の神 11 ~前編 卑弥呼は神功皇后~

 

彼らは筑紫の神である、高良神と宗像神。
上記の理由から、筑紫で初めて会うことにされたのだ。

しかも彼は神話上の神、住吉として。

Screenshot_202308221109312

 

< 四王寺の峰 >

 

四王寺の峰にはその名の通り、四つの峰がある。
後にこの峰のそれぞれに、四天王を拝した。

毘沙門天はその一柱であり、高良神と習合される。
それ故に、この話が加えられたのだろう。

 

しかし、すべてが創作ではなく、真実があるものが伝承。
彼の同神は、それに乗っていたと伝わる。

 

高良神が乗ってやって来たのは白雲。
志賀海神社での高良神は、金色の雌雄の亀。
籠神社の天火明は、空を飛ぶ光る籠、海の中でも水が入らない籠。

彼は饒速日なので、それらはアマノトリフネになる。

では、筑紫での彼ら(神功皇后も)の出現地は四王寺山なのかもしれない。

 

宝物殿のタペストリーにはこの情景が描かれている。
(伝承、神話の重なることは、外せない重要な真実であることを示唆している。
 故に、昔話などで連綿と伝えてきたのだ)

 

( つづく )

 

 

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2023年8月21日 (月)

高良玉垂宮神秘書 6 ~皇宮と兜率天~

続きです。

☆→高良玉垂宮神秘書 5 ~再臨の神*高良神と現人神~

 

< 神の住い >

神秘書では、神功皇后と高良神は地上にいる間、皇宮におられたという。

それはどこか。

 

☆1 仁徳天皇の時代、神功皇后が崩御した時に皇宮を出て、その後、この山(高良山)にご行幸したとある。

では、皇宮は高良大社のある高良山では無かったことになる。


しかし矛盾があった。
まずは箇条書きで、該当部分を要約。

 

☆2 異国征伐の時に干珠満珠にて国土を治め給う。
  また皇宮にて神璽を持たせ給う間、御鳥井に玉垂宮とうち給うなり。

☆3 神功皇后の異国征伐の時、(高良神が)兜率天より此の地へ天下りし、「鎮在が辻」へ行かれる時、初めて 泊まった地が朝妻であった。

☆4 神功皇后が崩御した後、高良明神 豊姫 玄孫大臣 この御子大祝往子尊 武内大臣 皇宮を共に出る。

☆5 武内大臣は因幡国へ。

   靴を脱ぎ捨てお衣を枝にかけ山の奥に入り、隠れてしまう。

☆6 残り四人は皇宮より遥々行き、豊姫 玄孫大臣は肥前の国に留まりて、豊姫は河上大明神となり給う。

☆7 高良大明神 大祝日往子尊は九月十三日にこの山に遷幸あるなり。

(要約。それぞれ別のページに記載)


まずは、☆4~7
神功皇后が崩御した後の話だ。

 

☆4 皇宮を出たのが高良明神 豊姫 玄孫大臣 この御子大祝往子尊 武内大臣。

それらは二柱の神とそれぞれ同神(大祝往子尊は御子?)であり、神功皇后が亡くなった後ならば、「豊姫」はいない。


☆5 武内宿禰は因幡に隠れた。

因幡とは島根県。
しかし彼の「隠れた地」は福岡にある。


宗像の織幡神社。
沓塚があり、武内宿禰はそこに沓(くつ)を残して、空へ昇ったという。

 

☆→織幡宮 ~武内宿禰が天に昇った地~

神秘書にも「靴を脱ぎ」とある。
しかも彼は高良神と同神。

 

高良神は筑後の隠神とされた
との一文もあった。

筑紫を出ていないのだ。


☆6 河上に豊姫。

前回も触れたが、佐賀に河上神社(與止日女神社)がある。(まだアップしてなかった~)
豊姫(淀姫と同神)はこの地に祀られる。

そこから勧請されたのが那珂川の伏見神社。
祇園祭での神楽の演目に磯良舞がある。

彼らが「祇園の神」である所以だ。

 

☆4~6からは、皇宮は別の場所であり、放浪の末、*7のように高良神は高良山に移ったとの意味にとれる。

 

それと矛盾する記述が☆2~3

☆2 三種の神器と鳥居に玉垂宮
*玉垂宮とは今の高良大社。
*皇宮で三種の神器を持ってる間、鳥居に玉垂宮と刻んだのだから、それは高良大社の地のことである。

よって、皇宮は高良大社。

 

☆3 朝妻についての記述。
*朝妻は高良山の麓。
*兜率天とは、彼らが筑紫に来る前におられた場所。

饒速日と御炊屋姫ならば大和になる。

ここの場合は、その「筑紫に移動してきて」との意味となる。(*1)

 

*鎮在が辻とは。

彼らは異類を様々な土地で退治していた(故の祓いの神)。
異国征伐とは、羽白熊鷲退治のことでもあり、それは「冷水峠」になるだろう。

筑紫の幾つかの伝承はその地で重なり、関わる者はすべて名を替えた彼らとなる。

 

側の大根地山には、「神功皇后が神々を下ろし、それを鎮めた」とある。
同神である筑紫神社、筑前風土記の甕依姫の伝承でも「鎮めた」。

よって鎮在が辻とは、羽白熊鷲を鎮めた地である冷水峠。

☆→命尽くし神の出現地*冷水峠 ~筑紫神の伝承 7~

 

彼らはその地に赴く前に、朝妻に泊まったということ。
(朝、妻になったの意)

 

それを裏付けるのが、高良の祭。
まず朝妻を巡るのだ。

祭神に縁のある地を巡るのが御神幸なので、一番の縁のある地となる。
「皇宮」が別の場所ならば、ここに先に来ないだろう。

彼らは筑紫の神なのである。
その実、どこにも行っていない。

 

では、

☆5 武内宿禰の因幡

☆6 豊姫の河上(與止日女神社・佐賀)

それらに共通することは、「彼らが後に御祭神として祀られた地」。

 

高良神は饒速日であり、大物主、大国主(ほか神話のほとんどの神)と同神。
因幡=島根には、大国主が祀られる出雲大社がある。

*これは彼が高良神であり、大国主であることの証でもある。

 

佐賀には豊姫が祀られる河上=與止日女神社。
まして、豊姫は神功皇后と同神。

崩御した後、歩いて移れはしない。

 

よって、皇宮は高良大社のことであり、神功皇后が崩御した後、高良神はその地に残ったということになる。

高良山の祇園山古墳に麓に彼女は眠っている。

 

彼は祇園の神。

☆→祇園の神 9 ~高良大社の祇園の神~

 

共に過ごした地に埋葬しようとするのが自然な気持ちであろう。
そこに眠るのは彼女だ。

☆→祇園の神 10 ~卑弥呼の墓*祇園山古墳~

☆→祇園の神 11 ~前編 卑弥呼は神功皇后~

 

気になる一文がある。

上宮を兜率天ととりたり、秘すべし。

上宮は皇宮である高良大社の地のことか。

(高良の祭りの時)この三ヵ玉の威力、高良山一火と照らし、上宮御殿によりいで、八か寺を巡り(中略)

元のごとく上宮御殿に留まる。

もしこの火消ゆることあらば、当山滅亡たり。

ここでも上宮は大社を示す。

 

ならば、おそらく今もそこに三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉が眠る。
兜率天とは、高良の神が住まわれる=祀られる地。

*7が伝えることと同じ意味になる。

 

*那珂川=儺の国(奴国)には、住吉の元宮の現人神社がある。

神話の元もここの地名、地形。

この地も彼らにとって特別な地であることは確か。

☆→筑紫島の四つの面 4 ~建日向豊久士比泥別~

 

そこが神話の「建日向豊久士泥別」であるので、もしかすると両方いたのかもしれない。

 

 

( つづく )

 

 

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*1 尚、住吉大明神(神秘書では住吉の父)が帰ったとされると兜率天は「神がおられた地、戻る場所」を意味する。前回のように崩御の意味ともなる。意味が変わる。




2023年8月20日 (日)

高良玉垂宮神秘書 5 ~再臨の神*高良神と現人神~

続きです。

☆→高良玉垂宮神秘書 4 ~三種の神器と神紋~

 

< 現人神 >

高良神が記したという文がある。

 

大菩薩御記文

九国高良の麓の為依り、我九国人の慇(あわれみを)もらさず。

敵軍滅ぼさんと思わば者、味方の先鋒なりて供に戦う。

物部を去って、肉身神秘□他にすることあれば、この山共にもって我滅亡たり。

物部を続かせずは、我左右へ寄ることなかれ

我兜率の内いんともいえり*、我ために心さしあらん人は、高山に登りて、むこはらをたたいて祈れ

「高良玉垂宮神秘書より」

 

上記の緑文字は下記に。

☆→高良玉垂宮神秘書 2 ~高良神は物部の祖神~

 

*いんともいえりは、”隠とも云えり”であろう。

兜率天は住吉四神(父と三神)が地上に下りてくる前におられた所。

父である住吉大明神(ウガヤフキアエズ)が戻った地である。
(全て同神)

では”兜率天に隠れたとしても”である。

この場合は、”崩御したとしても”との意味になる。

 

では、その後に続くのは「現れる、戻ってくる」となろう。

更に高良神と同神の伝承などから繋がる。

 

☆天照

神話では岩戸に隠れ、開かれた時に再び現れる神。
(男天照から、女神天照への交代も示唆)

 

☆住吉神

元宮の那珂川の現人神社には、国の大事の際、人の前に姿を現し、神通力をふるう神とある。
現人神の由緒は、人(神功皇后)の前に初めて現れた神であるが、それも意味している。

 

☆現人神(広辞林)
随時、姿を現して、霊験あらたかな神。
特に住吉や北野の神などをいう
***

 

ならば、上記大菩薩御記文の意味する所は。

 

高良神は九州人の憐みをもらさず、敵国を滅ぼさんと思う者の先鋒になり共に戦う。

(そのような状況になった時)高良の神が崩御したとしても、祈るものがあれば戻ってくる。

国の大事の時の再臨を預言しているのだ。

 

高良神と住吉神と天照。
同神であるから繋がる。
それが重要なことであるから、神の姿を変えられても残されている。

 

< 神の名 >

神秘書には神の名が並ぶ。

 

厳島大明神 竜神
宗像大明神 水神

皇后の妹二人おわします。

一人は宝満大神。
一人は河上大明神となりたまう。

 

宝満宮竈門神社には、神功皇后と玉依姫。

玉依姫は筑紫神社や周辺の伝承から、白日別である高良神と共にしていた神功皇后と分かっている。

☆→筑紫神の伝承

 

河上大明神とは、佐賀の川上の地名にある與止日女神社(別名が河上神社)のことであり、御祭神の淀姫。

神功皇后の妹とされており、豊姫と同神。

豊姫は高良大社の本殿に合祀=后の神功皇后である。

☆→高良大社の旧豊咩神社*豊姫と神功皇后 後編~

 

厳島の神(女神の天照)=宗像神=御炊屋姫。

彼女は、饒速日(=高良神)の后。

女神たちは全て同神となる。

 

 

( つづく )

 

 

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2023年8月19日 (土)

高良玉垂宮神秘書 4 ~三種の神器と神紋~

続きです。

< 三種の神器 >

彼らは、天皇の印である三種の神器を所有していた。
以下、青文字(「高良玉垂宮神秘書」より引用)

 

皇宮にて三種の神器をはからい給う。
神璽は高良明神が預かり給う。
宝剣は神功皇后持たせ給う。
内侍は玄孫大臣預かり給うなり。
(「高良玉垂宮神秘書」より)

 

三種の神器とは、神璽、宝剣、内待の三つ。
内待とは八咫鏡のこと。

神璽とは、八尺瓊勾玉のこと。
高良大社に伝わる<当山一火>にある。

 

当山一火は高良神が神璽(しんじ)の玉を、異敵攻める時に皇宮に至るまで預かる。
また干珠満珠を竜宮に借り、異国を平らげる。

この三ヵ玉の威力、高良山一火と照らし、上宮御殿によりいで、八か寺を巡り(中略)元のごとく上宮御殿に留まる。
もしこの火消ゆることあらば、当山滅亡たり。
(要約)

 

神璽と干珠満珠の三つをもって高良山一火。

干珠満珠について、このような記述がある。


高良大菩薩皇宮へおわします時、添も大神は月神にてまします間、位をすへり、大政大臣一位とかうしたまう。

藤大臣は異国征伐の時、干珠満珠を龍宮へ借るべき為の名なり。

 

高良の神が自ら竜宮から借り受けてきたのだ。

干珠満珠は高良神が所有し、潮の満ち引きを操っていたという。

故に月神。

 

彼は葵祭でも、龍神・安曇磯良神であった。
海の綿津見神自身でもある。

では、「龍宮」に住み、自らもって来たということになる。

 

平家物語では、三種の神器の宝剣は竜宮のものであり、借り受けているだけだと記述がある。
まさに、これを意味している。

では、それをもたらしたのは、高良神なのだ。

 

干珠満珠の形状について記載があった。

 

干珠は白珠、満珠は青き玉なり
長さ五寸ばかり。
頭は太し、尾は細しと云り。
高良を玉垂宮と申すなり。

 

まるで勾玉だ。
この干珠満珠と神璽で当山一火。

 

竜宮から玉を垂れた(授かった)ので、高良玉垂宮と呼ぶ。
また、神功皇后の別名は息長垂姫。

彼から玉を授かった故、名が対になっている(夫婦で対の名)。

 

彼は自らそれを竜宮から借り受けた。
神功皇后との異類征伐などで、使いこなしている。

彼は饒速日なのだから、十種神宝になる。
では、天皇の証であるそれを、地上へともたらしたのは彼だと言うこと。

間違いなく、祖神なのだ。

Koura_20230818135601(高良大社)

 

< 天照 >

天照に関する箇所がある。

第一に大日の尊、日神の御ことなり。
天照大神にておわしますなり。

 

日神とは住吉の長男、表筒男尊。
しかし三神は同神。

したがって、底筒男尊である高良神は天照ということになる。
三種の神器を持つ彼らこそ、皇祖神なのだ。

 

彼は物部の祖神、饒速日である。

 

< 高良神楽 >

高良に伝わる高良神楽。

異国征伐の時の次第なり、毎日怠らず
五人神楽男
住吉 高良 諏訪 熱田 三嶋 五人の神楽男の子をいう
皇宮 河上 宝満 かれこれ八人の女房をいう

 

神秘書では、「五人神楽男、八乙女女房とは、天照が天の岩戸に籠った時、神楽をしたもの」でもある。

では、それらの事柄が同じであることを示唆している。

 

*神話での天岩戸は、異国征伐を暗喩している。
高天原でスサノオが暴れ、天照が岩戸に籠り闇になる➡岩戸が開き、世の中が光明るくなる。

☆彼らが異類を退治し、世の中が明るくなったことを示す。
(男天照から、女天照への交代など他にも意味がある)

 

高良神楽の八つの姓は、すべて高良神と神功皇后の替えられた名。

それらに関わるのは彼らだと示唆。

 

三嶋(三島)神社の神は、奈良では石上神宮の布留神。
福岡では高良神と神功皇后だ。

(石上神宮の摂社にも神功皇后が祀られる)

河上、宝満は神功皇后。

 

では、神秘書が意味するものは、

異国征伐により、世の中が明るくなった。

それをしたのが、高良神と神功皇后。

 

その神楽を毎日続けよ。

隠された高良神の偉業を忘れないようにということか。

 

< 神紋 >

高良大社に祀られる三神の神紋について。

☆高良神は門光(木瓜)

由来は、神功皇后が四王寺山で祈り、高良神や他の住吉神が現れた時の様子となる。

 

東の空に白雲現れ、四方に開き、光を放って月神現れた。

白雲四方に開きたるは四天皇(住吉大明神と住吉三神)。

四つ鉾はその中に打ち違えて見えた。

四方に光を放ったことから、門光と名付けた。(要約)

Screenshot_202308181400152

 

☆住吉の紋は桐

ウガヤフキアエズ尊の産屋を鵜の羽をもってふき、桐の木の柱建て、桐の葉を敷き給える故

 

☆八幡の紋は巴

神功皇后異国遂伐の時、八幡を宿し、皇后の御船の前の水の巻目を見て、八幡のは巴となる。

 

高良大社での住吉の紋は五七の桐。
神功皇后の神紋でもある。

そのどれもに彼女が関わる。



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2023年8月18日 (金)

高良玉垂宮神秘書 3 ~筑後国一之宮の高良大社~

続きです。

☆→高良玉垂宮神秘書 2 ~高良神は物部の祖神~

 

高良の神は神功皇后と深い関わりを持つ。

それは後に。

 

< 大社について >

高良神は、神無月の出雲大社へ行かない。

筑後国では神有月と申すとある。

(「高良玉垂宮神秘書」要約)

それほどまでに位の高い神と告げている。

 

高良大社は日本第二の御社。

仁徳天皇の時、高良大社は九州の宗廟であった。

聖武天皇の時に宇佐神宮が創建され、宗廟を譲った。

その理由が、神功皇后が新羅を攻める時、異国を治めたことによるという。

宗廟を宇佐へと譲られてから、高良神は筑後の隠神とされた。

(「高良玉垂宮神秘書」より要約)

 

宗廟とは、そのままの意味だと皇室の祖先を祀る宮。
それが元々は高良大社であった。
では、皇室の祖神は高良神だということになる。

九州の宗廟であった高良から、宇佐へ移された。
その理由が神功皇后の新羅征伐であるという。

理由としては腑に落ちない。

 

高良神は初めてこの世に姿を現した神。
その神功皇后を助けて、共に異類を退治し、国を平らげた。
神話の「新羅征伐」にも加わっていた。

ではなぜ、高良から宇佐へ移す必要がある?

 

<天照の交代>

高良から宇佐へ。

それは、皇祖神が高良神から、宇佐神である神功皇后へと移されたことになる。

前回もあったように、高良神(住吉)は饒速日であり、天照。
だが、今の天照は彼の后の御炊屋姫。

彼女は宇佐に祀られる神功皇后。

 

☆住吉神は高良神であり、神功皇后と夫婦。
彼は饒速日なのだから、神功皇后は御炊屋姫となる。

なお、市杵島姫命は宗像大神。
宇佐に神功皇后と宗像大神が祀られるのは同神だからだ。

☆→女神天照*御炊屋姫

☆→卑弥呼は天照であり、豊受大神、神功皇后

 

時の為政者により、天照の交代が行われた。
男神から女神へと。

故に高良大社から宇佐神宮へと移されたのだ。

以後、彼は隠された神となる。

 

神話の天照が岩戸に籠り<*神の交代>、月読神が活躍しないのはこれを示唆している。
高良神は月神とされている。

 

尚、宇佐神宮には宗像三神と八幡大神も祀られる。
宗像大神は市杵島姫命(三神は同神)。

彼女は弁財天であり、奈良でその名で呼ばれるのは唯一、御炊屋姫である。

 


( つづく )

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2023年8月17日 (木)

高良玉垂宮神秘書 2 ~高良神は物部の祖神~

続きです。

☆→高良玉垂宮神秘書 1 ~神話と高良神~

★1 < 高良神と神部物部 >

高良神とは何者か。

高良玉垂宮神秘書。
筑後国一之宮に伝わる伝承が記された本。

そこにこんな文言がある。

 

高良大菩薩の御記文にも、五姓を定ること、神部物部を秘せんがためなり

(「高良玉垂宮神秘書」より)

大神、つまり高良神が記したという。
かの神は物部の神であった。

五姓とは、丹波氏、安曇氏、前田氏、草部氏、草賀部氏
神部物部を隠す為、五姓の名に変えたのだ。

 

安曇氏は、綿津見神=志賀島の志賀海神社の神
ほか

丹波(丹後)には籠神社。
祭神は天火明=饒速日
豊受大神=市杵島姫命=御炊屋姫 

 

*天火明命

高良神は住吉。
大阪住吉大社の代々の神官の祖先は天火明という。

みな、同じ一族が祀った同じ神であった。
神を守る為、自らの姓も捨て、神の名も変え、それぞれの地で祀ったのだ。

高良神は物部の祖神、饒速日である。

 

 

★2 < 月神と天照 >

高良神は天火明であり、籠の神。

そこから伊勢の神に繋がる。

伊勢内宮の天照は、籠神社の月神・豊受大神を外宮に呼んだ。
籠神社には天火明と豊受大神。

では、呼んだのは片割れである「天火明」だということだ。

 

彼は高良神の「月神」である。

高良玉垂宮神秘書にその記述があった。

高良大菩薩皇宮へおわします時、添も大神は月神にてまします間、位をすへり、大政大臣一位とかうしたまう。
藤大臣は異国征伐の時、干珠満珠を龍宮へ借るべき為の名なり。

 

干珠満珠で、海の潮の満ち引きをする、月の力と同じであるから月神。
彼は安曇磯良神。

伊勢の古名は磯宮であり、磯神を祀る宮である。


「外宮の神は、籠の月神」とは、
伊勢の磯神は、籠神社の天火明だと示唆していたのだ。

 

つまり、物部の祖神の饒速日が、伊勢の天照でもあり、月神でもあるということだ。
月神とは、隠された神=月読神も意味している。

 

干珠満珠の他、三種の神器も所有
玉を垂れる=授ける

故に高良玉垂命

彼がそれをもたらした神=祖神

☆→高良玉垂宮神秘書 4 ~三種の神器と神紋~)こっちではまだなのでアメブロの記事

 

 *彼は志賀海神社(竜宮)の神、綿津見神と同神であり、龍神・安曇磯良神。

そこから八大龍王に繋がっている。

それらの「浦島太郎伝承」に酷似の伝承は、神の由緒を示す。 

 

彼自身が竜宮の主・龍神であるのだ。
元々、珠は高良神の物であったことになる。

☆→八大龍王と弁財天 2 ~神功皇后伝承~

 

★3< 物部の神 >

物部の記述があるものをまとめた。
原初は漢字とカタカナの文。

なるべくそのままの意味が伝わるようにと、要約してない。

*訳はブログ責任者。

 

大神御記文 物部を背き、三所大神の御神秘を他姓が得しることあらば、当山滅亡たり。

(「高良玉垂宮神秘書」より)

物部を背き、神の御神秘を他姓にもらしてはならない。

この神秘書が発行されたのは昭和47年6月1日。
それまでは彼が「物部に関わるもの」であることを隠さなければならなかったとになる。

 

大善薩御記文(大菩薩=高良大菩薩)

物部を去って、肉身神秘□他にすることあれば、この山共にもって我滅亡たり。

物部を続かせずは、我左右へ寄ることなかれ

(「高良玉垂宮神秘書」より)

彼は物部の神なのだ。

だから物部を続けよと言っている。

 

物部は饒速日命と御炊屋姫から始まる。
高良神は、その途中の者ではない。

繰り返しだが、全ての神は彼らに集約される。

 

高良神は安曇磯良神。
磯神であり、石上(いそのかみ)は物部の祖神。
伊勢は古来、磯宮。

磯の神を祀るゆえ。

 

神は変えられていない。
名を変えられているだけなのだ。

☆→男神*天照とは まとめ 前編

☆→男神*天照とは まとめ 後編

 

 

★4 < 繋がる神 >

高良神は住吉神であり、安曇磯良神。

安曇磯良神とは筑前国にては志賀大明神

常陸の国にては鹿島大明神

大和の国にては春日大明神

(「高良玉垂宮神秘書」より)

志賀は志賀海神社の綿津見神。
安曇一族も高良の「五姓」にある。

 

鹿島明神について、袋中上人氏の「琉球神道記」に同じことがあった。

「筑前の鹿の島の明神。和州の春日明神。この鹿島。同じく磯良の変化なり」

☆→神の系譜 2 ~伊勢の神は磯良神・月日の神~

 

「儺の国の星」の著者、真鍋大覚氏の先祖は物部であり、鹿島の神官を代々勤めていたことも証になるだろう。

「春日の神は鹿島から鹿に乗ってやってきた」

奈良の人なら良く知っている一文。
同神を示唆している。

 

 

★5 < 神功皇后と物部の神 >

彼らは神功皇后の呼びかけにより、地上に降臨する。

その後の名が、底筒男尊は大政大臣物部保連。
表筒男尊が、玄孫(ひまこの)大臣物部大連。
中筒男尊は地上に留まり、神武天皇となる。

表筒男尊の后が豊姫。
底筒男尊の后が神功皇后。

(「高良玉垂宮神秘書」より)

高良大社の本殿には豊姫が合祀。
では彼女が「神功皇后」自身となる。

違うのならば、后を差し置いて、議妹を祀らないだろう。

 

豊姫と夫婦となる上筒男神。
豊姫が神功皇后と同神なのだから、上筒男神と底筒男神もまた同神。

住吉三神は同神なのだ。

 

神話での住吉神は、イザナギ神から生まれる。
イザナギも三神も同神であることを示唆している。

 

その神が人として現れた時の姓が物部とある。

神秘書によると、表筒男尊は大祝家の先祖となる。
この一族が以降、高良大社の祭祀を司る。
神秘書には高良神の俗躰を継いだとある。

 

高良山に御遷幸あってより、高良大明神正一位と定めたまう。

御託宣より、大菩薩、俗躰を大祝に譲りたまいて、大祝大明神正一位を譲り、高良大菩薩となりたまう。

これによりて大菩薩御垂迹を受け、俗躰を継ぎ給う、高良大明神正一位をひきかえて、御鳥居に書くを玉垂宮とうちたまう。

また大祝へ御譲りの鳥居には末代までも、大祝大明神正一位と書くをうちたまうなり。

代々は井の文にも如此書べし。

大祝大明神物部安何正一位、大祝家を継ぎてよりは、隠居たりてゆうとも、祝の文は如此書べし。

(「高良玉垂宮神秘書」より)

継いで後も彼らは「物部」であった。


彼らの神は間違いなく、物部の祖神であるのだ。
それが饒速日命。

それを隠すため、姓を変え、代々忘れぬよう社を守ってきたのだ。

 

 

彼の后は御炊屋姫。

一方、高良神の后は神功皇后である。

 

 

 

( つづく )

 

( つづく )

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどの無断使用はご遠慮ください。

 

 

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2023年8月15日 (火)

高良玉垂宮神秘書 1 ~神話と高良神~

筑後国一之宮「高良大社」に伝わる。

高良玉垂宮神秘書。

Koura_20230815181501高良大社

今一度、解読してまとめる。
全てが「そのまま」の真実ではなく、神話やその他の事情により、名や状況を巧みに変えていると感じる。

(以下、青文字「高良玉垂宮神秘書」解読)

**********************************

ウガヤフキアエズ尊は住吉大明神(明星天子の垂迹)
この御子五人
二人は女子、三人は男子

女子は
表津少童命(うわつふかたつみのみこと)
中津少童命

男子は
嫡男 表筒男尊 日神の垂迹  大祝先祖(物部であり、高良の祭祀を勤める) 
次男 中筒男尊 神武天皇
三男 底筒男尊 月神の垂迹  高良大菩薩

次男中筒男尊はこの国に留まって、神武天皇と現れ天皇の初めとなる

住吉大明神、表筒男尊、底筒男尊
この三神は天神にておられる間、兜率天に住まい、三光と現れ国土を照らしたまう。

*******************

 

住吉三神、及び神秘書の住吉大明神(住吉の父、ウガヤフキアエズ尊)は同神だ。
神話の神はすべて彼らとなる。

☆男神天照*饒速日命

*イザナギという一柱の神から生まれた
  ↓

*イザナギと同神
*住吉三神は同神

 

彼から天照、須佐之男、月読なども住吉と共に生まれている。

高良神である住吉は、饒速日命。

 

日神=国照天照彦天火明櫛玉饒速日命
月神=高良神
海神・スサノオ=祇園の神=高良大社の下社の呼び名=高良神が祇園の神


京都の祇園祭では、龍神・安曇磯良神(高良神)、住吉、鹿島、神功皇后が登場する。
神功皇后以外は、神秘書で同神。

祭りは神の為のものであり、彼らが祇園の神であることに他ならない。

 

更に神秘書では、表筒男尊の后は神功皇后の妹の豊姫、
底筒男尊の后は神功皇后とある。

 

しかし、高良大社の本殿に合祀されているのは豊姫。
后以外、共に祀らないので、彼女が神功皇后。

ゆえに住吉三神も同神となる。

 

彼らの話は、様々な伝承になっていった。
その一つが、山幸彦海幸彦。

 

< 山幸彦海幸彦 >

神話では、ウガヤフキアエズの親は山幸彦と豊玉姫。

その伝承も神秘書には書かれていた。
(「高良玉垂宮神秘書より)

天照大神の御子、四人おわします。
三人は天照大神より、四代まで継ぎ給う。
正哉吾勝々速日天忍穂耳尊の御弟は天津彦々火瓊々杵尊、此の御弟は彦火々彦火々出見尊、此の弟を彦ソオリ尊と申し奉る。(*1)

(以下、あらすじ)

弟のソオリ尊(神話の海幸彦)から釣り針を借り、海に出た彦火々出見命(山幸彦)。
その釣り針を無くして、途方に暮れてしまう。

塩土翁老(しおつちのおじ)が現れ、
「あなたの徳を忘れていないから現れた」と言い。

目無し籠に彦火々出見命を入れ、海中に入れた。

ほどなく、龍宮界へ。
此の謂れを(何故、竜宮に来たのか)と言えば、
竜王は「此の世界で三年逗留あるならば、その問いに答える」と言われる。


竜宮へ行き、竜王の娘の豊玉姫と夫婦に。
二人で地上へ行き、豊玉姫は鵜の羽を敷いた産屋で出産。

生まれたのがウガヤフキアエズ。


豊玉姫は子を産んでから百日戸を開けないでと言ったのに、彦火々出見命は開けてしまう。
彼女は大蛇となっており、海に帰った。

竜宮から妹の玉依姫がきて、ウガヤフキアエズを養育。
やがて二人は夫婦となる。

 

塩土翁老は大阪住吉の奥宮の神。
住吉と同神。

類似の話は神の由緒を示し、神も同じ。

*(*1)の天照大神の御子とあるもの
*山幸彦(彦火々出見尊海幸彦(ソオリ尊
*浦島太郎
*八大龍王
*磯良神(高良神)と神功皇后の伝承

これらはすべて同じ話が元であり、登場するものは全て彼らになる。

★天忍穂耳尊=天忍骨尊は香春神社の御祭神であり、以下のシリーズで饒速日命と繋がっている。
また、英彦山では大己貴命、宗像三神から山を譲られている=同神を示唆。

☆香春神社と神 ~高良峰の祓いの神 3~)アメブロの記事(後に書きます)

 

豊玉姫(乙姫)は、豊姫であり、高良の伝承の神功皇后。
竜宮の竜王は、八大龍王社の祭神、綿津見神=志賀海神社=高良神と同神。

(=脊振の毘沙門天である乙護法善神)

さらに彼らは籠神社の神。
籠は、ご祭神が乗っていた空を飛ぶ光る籠、海に入っても水の入らない籠を意味する。


塩土老翁(住吉神)の目無し籠はまさにこれのこと。
磯良神が乗っていた、海から現れた金色の雌雄の亀。
浦島太郎の亀。

全て同じものであり、饒速日命のアマノトリフネを意味する。

 

すべて彼らにたどりつく。

 

(☆八大龍王と弁財天 1 ~

(☆→久士布流多気*櫛布留岳は脊振山  ~二柱の竜~)

(☆→八大龍王と弁財天 1 ~浦島太郎~)

(☆→八大龍王と弁財天 2 ~神功皇后伝承~)

(☆→八大龍王と弁財天 3 ~籠神社の天火明命と豊受大神~)

(☆→八大龍王と弁財天 4 ~三輪の神は八大龍王~)

 

*この話の他にも神話がさらっと書かれてあった。

 彼らと関わりがある話だから、そこにある。

 

(つづく)

 

*記事内の考察や写真、イラストなどの無断使用はご遠慮ください。

 

 

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2023年8月10日 (木)

男神天照*饒速日命

祭神別にUPします。

 

天照とは、饒速日命。
女神の天照は、饒速日の后の御炊屋姫。

男女二柱の神となる。

******************

男神天照*饒速日命。

天照国照彦天火明櫛玉饒速日命
(分解したのも彼)

国照=国土を造った神=大国主

天火明=籠神社の神

櫛玉=奇玉=干珠満珠=十種神宝を持つもの

饒速日命

****************

伊勢は古来、磯宮であり、磯神を祀る。
福岡の高良大社の安曇磯良神のこと。

高良神=磯神=天照

高良神は住吉、春日、鹿島、勝馬(志賀島・志賀海神社)と同神。

 

つまり、天照は

天照(磯神)=高良神(磯良神)=住吉=武御雷神=綿津見神
でもあるということ。

☆神話の親等は破綻する。

 

********************

磯神(いそのかみ)は、石上神宮の神

高良大社は古来、物部の領地。
石上神宮も物部の祖神を祀る。

同じ一族が祖神を祀ったものであった。

☆石上=布留神=隕鉄の剣=星の神

 

**********************

石上神宮の神事と新嘗祭は同神の降臨祭

☆石上=天御中主=饒速日命

☆→新嘗祭と住吉神と饒速日命 その1 

☆住吉=オリオン座の三ツ星の化身=星神

 

***********************

☆高良神=住吉=籠神=天火明=饒速日命

大阪の住吉大社の代々の神官さんは天火明を祖神とする
☆社は祖神を祀るもの

天火明は籠神社の神

住吉=籠神となる

 

*****************

 

「伊勢の内宮の神は外宮の月神」とは、

籠神社の天火明=天照=饒速日命=高良神=月神を意味する

高良神は月神

干珠満珠を持ち、海の潮の満ち引きを操るが由縁=月の作用

☆高良神=月神=月読神

神話で月神が少ないのは隠された神であるため。

 

*****************

高良神は祇園の神=須佐之男命

祇園祭では、神功皇后、竜神・安曇磯良神、住吉、鹿島神、八幡神が主役。

彼女以外は同神。

☆祭りは神の為のもの

高良神=祇園神=須佐之男=饒速日命となる。

☆→祇園の神 9 ~高良大社の祇園の神~

 

*************************

天照=日神=饒速日

月読=月神=高良神

須佐之男=海神=祇園神=高良神

 

住吉神・綿津見神=海神

住吉・布留神(石上)=星神

全ての神=天御中主

 

☆高良神(天照・饒速日命)

磯良は、イ・星とソラ・宇宙空間を意味するもの

 

彼は宇宙の神である。

 

磯宮であった伊勢の名は、

磯神である饒速日命(高良神)=宇宙神を意味していた。

 

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2023年8月 8日 (火)

竺紫と筑紫

前回の記事

☆→筑紫島の四つの面 ~玄界灘と有明海は繋がっていた~)


☆1 竺紫と筑紫

☆2 住吉神と「儺の国の星」

☆3 神話の地

*****************

 

☆1 < 竺紫と筑紫 >

神話には二つの表記がある。

「儺の話の星」には以下のことが記されていた。

 

竺なる古辞は神代紀に竺紫日向小門阿波岐原、竺紫日向高千穂霊峰(くじふるたけ)、継体紀に竺紫君石井がみえる。
“身一つにして、面四つあり“に対する配りである。
筑紫を地元では“ちくし“と云う。
竺人(ちくにん)の訛りと説かれている。
竺とは德人、或いは篤人、即ち西域の胡人、ならびにその文化伝統の総称であった。

(中略)

 筑紫の東島(あかりのしま)と西島(いりのしま)が繋がれたのは雄略帝十七(四七三)年のことであるが、爾後(じご)この竺は現れない。

 

なんと、ここに「筑紫島の四つの面」があった。
では、竺紫とは、この状態のことを言うのだ。

Tikushi02_20230806100101

 

 (図 1 海面上昇シミュレーションシステムより)

玄界灘と有明海が繋がれた様子。 

  (☆→筑紫島の四つの面*玄界灘と有明海は繋がっていた

 

☆2 < 住吉神と「儺の国の星」 >

 

「儺の国の星」には

*有明海が脊振、耳納、四王寺を三つの海峡で仕切っていた時代
(もう一つの境は大根地山の麓の冷水峠を通るライン)

*“身一つにして、面四つあり“に対する配り

*竺紫日向小門阿波岐原、竺紫日向高千穂霊峰(くじふるたけ)

 とある。

 

では、それらも当然、この地にあるものになるだろう。

 

竺紫日向小門阿波岐原で生まれたのは住吉神

彼、高良神=饒速日命は全ての神である。

住吉の元宮の現人神社がある那珂川には、それが全てあった。

☆→神話の舞台 ~神話の真相 7~

☆→高天原と底津岩根 ~神話の真相 8~

 

竺紫日向高千穂霊峰(くじふるたけ)は、今の脊振のこと。

☆→久士布流多気*櫛布留岳*くしふる岳 ~二柱の竜~

 

天原=高天原はそれらを内包した、脊振山系。

これが建日向豊久士比泥別。

図1に関わる、高良神、神功皇后の過ごした地。

それが儺国であり、邪馬台国。

 

☆3  < 神話の地 >

 

神話の神はすべて二柱に集約されるので、神話もすべて彼らの話となる。

白日別は、高良大社の高良神=住吉=磯神=石上

=伊勢神(古来、磯宮=磯神)=天照

☆高良は古来、物部の領地=祖神、饒速日命

 

☆豊日別は宗像大社の市杵島姫命=御炊屋姫=豊受(大神神社の御炊社は豊受)

 彼女は饒速日の后。

 高良神が饒速日命なので、彼女は神功皇后となる。

 

☆建日別は彼らが対峙していた羽白熊鷲=熊襲=命尽くし神。

☆→筑紫島の四つの面 3 ~建日別・熊襲の正体~

 

☆建日向豊久士比泥別は、

豊=豊姫=神功皇后

櫛日=櫛玉饒速日命

泥は根=神、貴人の意味

で、脊振のある地、住吉の元宮現人神社がある儺国=那珂川

☆→筑紫島の四つの面 4 ~建日向豊久士比泥別~


そこが高天原。

☆→筑紫島の四つの面 終章 6 ~筑紫の日向~

 

彼らはそこにおられた。
だから「天孫降臨の地」であり、イザナギの禊の地であり、住吉・日吉の元宮があるのだ。

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどの無断使用はご遠慮ください。

 

 

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2023年8月 7日 (月)

筑紫島の四つの面*玄界灘と有明海は繋がっていた

☆1 筑紫島の四つの面
☆2 「儺の国の星」の針摺
☆3 針摺の「文化財出土状況」
☆4 「儺の国の星」による当時の様子
☆5 三の地名と三島神

 

************

☆1 < 筑紫島の四つの面 >

以前書いた「筑紫島の四つの面」。

神功皇后と高良神、羽白熊鷲に関するものであった。

 

ゆえにその神話は彼らの伝承から派生したもの。

☆→筑紫島と四つの面 5 ~饒速日命と神功皇后の伝承地~

今回は、上の記事の加筆になる。
 (文化財総覧webを教えてもらったので)
Tikushi02_20230806100101(図1 画像は海面上昇シュミレーションシステム)

 

彼らのいた時代はこの状態であり、ゆえに「筑紫島の四つの面」が成り立つ。

 

☆2 < 「儺の国の星」の針摺 >

真鍋大覚氏の「儺の国の星」には「玄界灘と有明海は針摺で繋がれていた」との表記がある。
針摺の語源について、かの本にはこうある。

近東の胡語、Khaliteハリチは狭い水路。
針摺は昔の瀬戸。注野の面影ない。

 

図1の紫の丸で囲った場所が針摺と言われる場所。

 

Hariduri01

(図2 針摺 画像はYAMAP 
左は拡大 Google map)

 

図1の紫丸の針摺を拡大したのが図2。
ここは現在陸地であり、川が途切れている。

災害などによる堆積物で分断されたのだと想像できるだろう。



☆3 < 針摺の「文化財出土状況」 >

この場所の文化財出土を示したのが下のweb。
奈良文化財研究所による文化財総覧

(とても素晴らしいです!URL先もご覧ください)

Screenshot_202308061443332

ちょうどこの辺り、文化財が出土していない。

古代、二つの海は繋がっていたのだ。

 

☆4 <「儺の国の星」による当時の様子 >

それは物部の末裔である真鍋大覚氏が、那珂川に伝わる伝承、古代の様子を表した本である。
昭和57年 福岡県筑紫郡那珂川町発行。(今の那珂川市)
☆広報 なかがわに連載されていた。


「儺の国の星」には、

☆筑紫の東島と西島が針摺で繋がれたのは雄略帝十七(四七三年)のことである

「拾遺 P71」

とあった。(針摺 図4の1)

 

それまでは北の玄海灘と有明海は繋がれていた。

かの本には神功皇后は200~269年としており、自分も200年前後と考えている。

彼女の時代には海があったのだ。
(彼女は魏志倭人伝の卑弥呼)

この辺りにかかわる言葉を「儺の国の星」からまとめた。

 

☆昔、筑紫の国はその中央を、北から玄界灘、南から有明海の荒穂、即ち滔々たる海流が貫いて居た。
東なるを宇佐島と云い、西なるを天原と言った。

「拾遺 P82」

(基山の麓、荒穂神社の荒穂はこれなのかも。西の天原=高天原)

 

☆有明海が脊振、耳納、四王寺を三つの海峡で仕切っていた時代でもあった。

「儺の国の星 P76」

(図1の状況。脊振が左の山地・建日向豊久士比泥別。耳納に高良山・高良大社・白日別。四王寺は豊日別・紫丸の右上辺り)

Screenshot_202308061009452

(図3 地図はYAMAP)

☆東を宇佐の島=右佐(うさの)島

西を天原=左佐(きさの)島=高来島

「儺の国の星」より

(建日向豊久士比泥別=高天原)

 

☆この瀬戸の北の出口に西の儺国(図3 現人神社のある一帯。今の那珂川ほか)

東の蚊田の国があった。現在の糟屋郡がこれである。

「儺の国の星 p28」

Screenshot_202308061501512
(図4 地図はGoogle map)
☆そとも

”そとも”は自らの故郷を中央にして、視界の及ばざる彼方を云い表す詞であった。(中略)

那珂川では、"そとも"は背振の南、肥前有明海の沿岸を指してきた。

(儺国と書かれてある場所が那珂川・那珂川の人にとっての”そとも”は図4の緑丸辺り)

「拾遺 P195」

 

(以下、数字は図4の場所)

 

2 水城

(神功皇后の伝承にある)”やす”とは今の水城辺りの古称であった。ここが有明海と玄界灘の分水嶺であった。

夜須は昔は御笠と三原を合した郡であった。

「拾遺 P236」

 

有明海と玄界灘の瀬高を見合わせて船を往来する水城を、筑紫野人々は”からとぼし”といった。

”から”は胡語のKhalyakカリヤック、”とほ”は同じくdawダウ(Dohaドーハ)であり、いずれも北語南語で船を云う。(中略)

”し”は司人、すなわち運営管理する官人であり、達人であり、又その役所の総称であった。

「拾遺 P121」

 

3 四王寺山は潮路見(しおじみ)山、或いは四明山と呼ばれた。

麓の別院が安楽寺であり、今の天満宮になっている。

今から千八百年前の昔はここで南と北の潮目の満ち引きを見る安楽人の望楼観亭があったと伝えられている。

筑後久留米高良大社の絵巻物がこれを語る。

「儺の国の星 P151」

 

4 雑餉隈(ざっしょのくま)下記にて

 

5 塩原村。

昔は昼夜の別なく塩焼く海人が御明(みあかし)をも見守り見巡る番をかねていたのである。

「儺の国の星 P51」
(熊野道祖神社)

 

昔、玄海灘と有明海が舟行の水路で繋ってた頃、今の対馬小路(つしましょうじ)から五十川(ごじつがわ)、雑餉隈(ざっしょのくま 図4の4)、水城(2)を経て太宰府に至る間、石籠(いづろ)あるいは石堂、即ち灯台が置かれて潮の満ち引きにあわせて夜間も航行を可能ならしめていた。

今の井尻なる部落名は石籠のあったところの一つと語られている。

「儺の国の星 P51」

 

6 朝倉

葦舟を”あさくら”といった。”あさつま”とは干潟の古名である。(中略)

朝倉を魏志倭人伝は巴里(はり)国と記す。

”あさくら”も”はり”も高瀬船の元祖の名であった。

「拾遺 P161」

夜須郡夜須村に三並(みつなみ・今はみなみ)なる郡名が残る。かつて有明海の潮が蘆木(あしき)川を遡って、この地まで き上がっていたのである。

「儺の国の星 P152」

 

7 筑後三原は、玄界灘と有明海の潮の往来が洲を作り上げて(略)

應神帝(二七〇~三一二)から仁徳帝(三一三~三九九)の御宇には、まだ三原の潟にはPapyrus japonicaパラピラス ヤポニカと名をつけるべき背高い葭(あし)が生い茂っていた。「拾遺 P160」

 

8 高良

胡語でKhalaitカライトは、疏水であり、運河であり、海峡である。

(拾遺 P121)

 

9 御井(高良山の麓)

10 大善寺玉垂宮

11 三潴の三島神社(魂須霊 4 筑後の饒速日命

(この辺り三島神社が多数。高良神と神功皇后が祭神)

 

12 瀬高(磯上物部神社の地)

魂須霊 4 筑後の饒速日命

 

13 三池 

 

14 肥前高来口ノ津は、有明海の潮待ちの港(佐賀県高木瀬か)

”くち”口は門戸の意であるが、本来は”かし”即ち船のことであった「拾遺 P88」

 

博多湾から有明海まで三笠(2)三原(7)から御井(9)・三潴・みずま(11)をへて三池(13)と揃った郡名が並ぶ。

(中略)”三”は上下あるいは子午・・・(中略)の方位を言った。

即ち、三笠から御井三潴を経て三池に至る一日行程の舟航は、海上駅逓(えきてい)の氏族が往来していたことになるのである。

「儺の国の星 P151」

(三は子午。銀河をうましのみち・子午線に沿ってほぼ南北に流れるからともあった。三の字で星神を意味するのかも)*1

 

その他

御笠=針摺のことか(図4の1)

*大野城のことかも

銀河、即ち天の川を極東では”ありなれ”とよび神功記の頃まで用をなした。(中略)

”あり”は大にして濶なる状(さま)であり、”なれ”とは藍にして青、緑にして翠なる色を云った。(中略)

かつて玄界灘と有明海は針摺瀬戸で繋がっていた。神功記以後に御笠なる郡名が置かれたが、以前は大野(おおぬ)であった。これは”ありなれ”の倭約に外ならなかった。

「拾遺 P87」

 

 

玄界灘と有明海は繋がれていた。

図4は今の標高5mの場所を結んでいる。

ここと上の表記が一致する。

 

瀬高、瀬戸、高木瀬、三のつく地名などは、当時の状況を物語っているのだ。

「儺の国の星」は、千八百年経てなお、正確に伝えている。

那珂川の物部の一族が語り継いできたのだと思うと胸が熱くなる。

 

これらの状況は、神功皇后と高良神の伝承地とも一致する。

彼らの時代、海は繋がっていたのだ。


☆5 < 三の地名と三島神 >

*1 にある三の数字は、彼らを意味する。

彼らは三島神だ。


オリオンを三蓋星、三並、三組星と呼び、水師船軍の守護神とした。(中略)

三島星、或いは三諸星とよんだはるかな昔があった。

”しま”或いは”すま”は船人の渇きを癒す湧水井泉のあるところであった。(中略)

三嶋溝杙の家系である、三嶋も溝 もオリオンの古称であった。

”そくい”は栄井即ち、砂漠の中のオアシスのことであった。

「儺の国の星 P153」
三島神は高良神であり、白日別。
その后の神功皇后は豊日別。
よって「筑紫島の四つの面」には彼らが関わる。

 

 

 

( つづく )

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどの無断使用はご遠慮ください。

 

 

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2023年8月 6日 (日)

弁天様(市杵島姫命)の元宮 ~弁天池の起源~

弁天池の起源が天山にあった。
Screenshot_202308060954542
下宮の一つ、晴気の天山社に答えがある。

Tenzan09

天山池の中に島を築き蓬莱島と名づけ、宮床に石祠を設け天山神の上宮と定め

(上記 晴気天山社の御由緒書きより)
(弁天池は私の造語)

池に島を築き、蓬莱島と名づけて上宮を設ける。


この地は、古来、蓬莱島と言われていた。

徐福が求めた蓬莱島はこの一帯であり、伝承の地はそこにある金立山。

(徐福、実在の真偽は分からない。伝承は後に創作された可能性もある)


☆→筑紫島の四つの面 番外編 ~徐福と蓬莱島と邪馬台国~

 

蓬莱島とは建日向豊久士比泥別であり、神が住む島なのである。

☆「儺の国の星」に脊振山系があるここが蓬莱島とあった。

Tikushi02_20230806100101
(海面上昇シュミレーションシステムより)*1

Screenshot_202308061009452 (地図はYAMAP)

 

天山池の蓬莱島の中にある上宮は、「蓬莱島の中にある天山」の見立てなのだ。

脊振山上宮にも祀られる彼女も示唆。

 

蓬莱島に存在した「彼ら」をも示唆するものかもしれない。

住吉の元宮は現人神社。

 

そこには神話に繋がる地名、地形があった。

神の地「蓬莱島」とは、まさにこの地のこと。

☆→女神・天照とは まとめ

天山はいつ来ても美しい。

Screenshot_202308060954542

 

山頂に立てば360度の視界が迎えてくれる。

 

Screenshot_202308061009522

上宮は駐車場から5分ほど。

Screenshot_202308061009523

 

晴気の天山宮にあったように、上宮は池の中にある。

Screenshot_202308061009572

蓬莱島=建日向豊久士比泥別の中に祀られる彼女だ。

Screenshot_202308061009573

彼女は市杵島姫=御炊屋姫。

宗像神であり、神功皇后。

 

生まれは大和でも、彼女の故郷はこの地。

 

彼らは全ての神になる。

神々の故郷。

それが蓬莱島なのである。

 

天山には下宮が三つある。

Tenzan08

晴気の天山社。

Tenzan11

岩蔵の天山神社。

Tenzan02

厳木町広瀬の天山神社。

社の地名は神の由緒を示すことがある。

 

厳木は、厳島神である市杵島姫。

また、女神天照の別名、撞賢木厳御霊天疎向津姫を示唆。

 

広瀬は奈良の旧廣瀬郡弁才天の櫛玉比女命神社の御炊屋姫。

廣瀬大社の豊受、櫛玉姫、櫛玉彦をも示唆。

 

みな、同神であった。

Tenzan06

 

広瀬の境内には、宮地嶽神社。

神功皇后が御祭神。

彼女と同神であるからだ。

それ以外の理由はあるだろうか。

Screenshot_202308061010042

Tenzan10

 

*記事内の考察や写真、イラストなどの無断使用はご遠慮ください。

 

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*1 AD200年頃、おそらく今の標高4~5m辺りが当時の海面と推測。

それからの堆積物などを考えると、当時の状況はこれくらいではないかと思われます。

 

 

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2023年8月 4日 (金)

男神*天照とは まとめ (後編)

続きです。 

☆→男神*天照とは まとめ

 

日本の神は彼ら二柱に集約されるので、日本神話の神もすべて彼ら。


男神・天照=高良神=住吉神=安曇磯良神=饒速日命=天火明命=スサノオ神 他

*女神・天照=豊受大神=市杵島姫命(宗像神)=神功皇后 他(☆→女神・天照とは)

 

****

 

<神話>

 

 ☆1 男神・天照

神話の天岩戸の物語は、表舞台から隠される饒速日命を示唆。

その後、岩戸から現れるのは「女神・天照」。

「神の交代」を意味する。

 

☆2 月読神

彼は高良大社の月神であり、籠神社の天火明命。

籠神社から伊勢外宮へと勧請された「月神」。

(豊受、稲荷神)

 

すべての神でもあるので、月読神。

イザナギ神の「神産み」の後、姿を見せない<隠れて>しまうのは、彼が隠された神であることを示唆。

 

☆3 スサノオ神

祇園の神であるスサノオ神。

神話では「高天原の災厄・世を闇にした原因」となり、高天原を追放された。

しかし、彼は高良の神(住吉・饒速日命)。

高良大社の下社は「祇園さん」
また、祇園神=ツヌガアラシト=饒速日命=高良神と繋がっている。(後に)

 

筑後国一ノ宮の高良大社の神=筑紫神。

悪神の「命尽くし神(筑紫の語源)」を退治した方の神。

筑紫神社の筑紫神 ~筑紫の伝承 4~

 

神話の「高天原の災厄」は、これを意味している。

 

「災厄の元であるスサノオが高天原を追い出される」は、

「災厄を止めたのに、隠される存在となった」ということ。

  *災厄=命尽くし神、羽白熊鷲、熊襲、イルヰ(異類)によるもの。(*1)

 

これが高天原の災厄の真相。

*艮金神(丑寅の神)が饒速日命であるのも、これが理由。

☆→祓いの神 5 ~鬼門・艮金神~

 

*高良神、神功皇后は異類退治をしており、スサノオ神が「ヤマタノオロチ」を退治することは、これを示唆している。

< イザナギ神の禊の地 >(後に詳細)

☆4 住吉神の地

彼は高良神(住吉神)。

住吉の元宮は福岡県那珂川市の「現人(あらひと)神社」。

*博多も大阪の住吉大社も、当時は海面下。

 

住吉の元宮があるこの地の、地名、地形が描かれたもの。

Dsc_2061

(現人神社)

イザナギは数多の神を「禊祓い」で生みだしている。

一柱から生み出される数多の神。

⇒すべて、同神。

住吉神が全ての神

⇒神々がうまれる「禊の地」が「筑紫の日向の橘の小戸のあわぎはら」

⇒住吉の元宮の現人神社の地が禊の地。

☆神話の地名、地形がすべてある。

 

*猿田彦発祥の地。

 日吉神社があり、日吉大社の元宮の一つとされている。

 *最澄さんがここの猿田彦神を日吉大社へと勧請した。

 

 *その日吉大社では、二つある宮の神は同神としていた。

 大山祇(猿田彦)と、大神神社から勧請した大己貴神。

 両神は饒速日命。

 

この地こそ、神の地を意味する「邪馬台国」。

 *福岡の神社では、神功皇后の活躍した年代を揃えたように200年代としている。=卑弥呼の年代。

 高良大社の麓の「祇園山古墳」もその頃。

 住吉神の元宮がある地に、神話に記された物事との数多の一致。

住吉神は高良神であり、彼が全ての神であることの証でもある。

 

<祓いの神>

☆5 住吉神と瀬織津姫。

「大祓いの祝詞」にある祓いの神の二柱。

高良神と神功皇后としての彼らの、イルヰ(異類)退治が由縁。

 

☆6 鴨神=三島溝杭(みしまみぞくい)神

三島は、オリオン座の三ツ星=住吉の三つ星

そくいは栄井であり、砂漠の中のオアシス=神のこと。(「儺の国の星」より)

 

神話では神武天皇の后は、三島溝杭の娘。

彼の后は饒速日と御炊屋姫の娘なので、彼らが三島溝杭であり、鴨の神と同神。

(上記の神はすべて二柱。神武天皇も)

 

☆7 日吉大社

   二つの社の神は同神とあり。

   二つの社は、大神神社の大物主神と日吉神(猿田彦神)

    *大山祇神(その地に元々いた神とされ、猿田彦神。最澄さんが那珂川から勧請した)
 

 日吉大社の元宮の一つ、那珂川の日吉神社には、天御中主神、大己貴神、日子穂穂出見神、

 他に、大山祇命、八雷神、菅原神、迦具土神、田心姫神、高淤加美神、闇淤加美神、手力雄神、宇賀魂神、表筒男神、中筒男神、底筒男神、須佐之命、天照大神が祀られている。

 社に祀られている神はすべて同神。

 

神話の猿田彦神の姿は、国つ神の天照を表し、那珂川の神である住吉、饒速日命=天照と同神。

 

全部は書ききれないが、まとめて書くと自分が色々繋がっていくので、何度かするかも。

 

☆神話に関して、分けました。


(おわり)

 


*記事内の考察や写真、イラストなどの無断使用はご遠慮ください。

**********************

 

*2 岩戸の地形

 ちょうどこの辺りが「立花木」昔は橘。(「天孫降臨の橘の小戸」の橘)

 この図は・・・住んでないとたどり着けない。

 

 

*1 災厄、羽白熊鷲と*3 美奈宜神社

 

イルヰ、異類と記される熊襲、羽白熊鷲。

こちらの伝承では「翼を持ち、空を飛び、人をさらった」とある。

 

一般常識では「まつろわぬ豪族」だが、退治した後の地に「退治されたもの」が祀られている。

それは土地の人が「退治した」ことを歓迎してることを意味している。

 

 

2023年8月 2日 (水)

男神*天照とは まとめ (前編)

日本の神は、ほとんどが二柱に集約される。
(後の功績などで祀られる者を除く)

 

女神の天照は、豊受大神であり、宗像神。
これが饒速日命の后の御炊屋姫。

彼女は弁財天であり市杵島姫命(宗像神)。

宗像神は筑紫の神であるので、大和から筑紫へと。
それ以降が、神功皇后。

☆→女神・天照とは

 

男神の天照は、彼女と夫婦であった饒速日命。

 

**************

 

 ☆1 男神*天照  天照国照天火明櫛玉饒速日命

 これを分解した名も彼。

 天照、天火明命、櫛玉彦、櫛玉饒速日命。

 

☆2 伊勢(内宮と外宮の神)

 外宮の神は籠の月神。
 内宮の神が独り身は寂しいからと呼び寄せた。
 (関 裕二氏 著 「古代史の謎」参考)

 故に、籠神社と伊勢の神は同神。

 

☆3 籠神社

  ご祭神は、天火明命と豊受大神。

  絵馬では「饒速日命と市杵島姫命」。
  ☆絵馬の神はご祭神。

 よって、天火明命=饒速日命。
 豊受大神=市杵島姫命。

 

この二柱が伊勢の神。 

 *饒速日命=伊勢内宮の天照。

 *外宮の豊受大神は市杵島姫命(宗像神)=御炊屋姫→☆女神*天照とは

 

☆4 伊勢神宮と石上神宮

 伊勢は古来、磯宮(いそみや)。
 磯の神を祀る故。

 磯の神は、いそのかみ、石上神宮の神である布留神。
 物部氏が祀る宮であり、布留神は饒速日命のこと。

 

高良神である安曇磯良神を示唆。

 

< 磯良神 >

 ☆5 高良大社(福岡県)

 彼らは大和から筑紫(福岡)へ。
 御炊屋姫は神功皇后、饒速日命は高良神(住吉)と名を変えられる。

高良の神は物部の祖神、饒速日命(高良玉垂宮神秘書より)
三種の神器をもたらしたのも彼。

☆→高良玉垂宮神秘書 2 ~高良神は物部の祖神~

☆→高良玉垂宮神秘書 4 ~三種の神器と神紋~

 神秘書では、神功皇后とも深く関与している。

 ☆ 同神・・・安曇磯良神(アズミイソラシン)、住吉神、春日神、鹿島神(タケミカヅチ)、勝馬(鹿ノ島、志賀島の志賀海神社の綿津見神)。

  高良神は、干珠満珠を持つ月神。
  神功皇后と夫婦。

      共に羽白熊鷲(イルヰ・異類)を退治。(以上、高良玉垂宮神秘書より)

   高良神=住吉神=磯良神
    (武内宿禰も彼と同神)

上記に同神とある、神を祀る神社にも同じ伝承がある。

 

☆6 鹿島神宮と春日大社・・・春日神は鹿島の神が鹿に乗ってやってきた=同神 

☆7 鹿島神宮・・・ 鹿島の神は安曇磯良神と同神。
    神功皇后の三韓征伐の折りに、助力するために九州へ。(伝承上)

  *鹿島の神官は、(今は分かりませんが)代々物部氏。(*1)  

 

以上から、

高良神=住吉神=春日神、鹿島神(タケミカヅチ神)=勝馬神(綿津見神)=饒速日命。

*春日、鹿島、鹿ノ島(志賀島)の神は、鹿で繋がる=同神を示唆。

 

これの答え合わせのような祭りが、京都の祇園祭。

 

☆8 祇園祭

   神功皇后の三韓征伐の折りに船に乗り、助力をした神が登場する。
   住吉神、鹿島神、竜神・安曇磯良神。

   すべて、高良の神秘書で同神とあるもの。

   *祭りは神の為の者。彼らが「祇園の神」であるということ。

   祇園神(スサノオ)=高良神(住吉)=磯良神=饒速日命。
   (以下、祇園の神の項に詳細)

 

 ☆高良大社の下宮は、「祇園さん」。 
 違うのならば、主祭神を差し置いてそう呼ばない。

 高良の神(磯良神)が、祇園さん(スサノオ)。

 

☆8の祇園祭では龍神とされる安曇磯良神。

 勝馬神である志賀海神社は竜宮と呼ばれ、安曇磯良神と神功皇后の伝承がある。
 祇園祭もまた、高良の伝承そのままであった。

 

☆9  現人神社(福岡の那珂川市。住吉の元宮)

    住吉神は神でありながら、神功皇后の前に人として初めて姿を現し、助力をした神なので、「現人(あらひと)神」。

 

☆10 大阪の住吉大社

    神功皇后と夫婦という伝承。
    境内の井戸に「満珠」が沈められている。

    *神官の祖神は天火明命(=籠神社の神と同じ)

 

< 祖神・饒速日命>

☆2 伊勢神宮 籠神社の二柱
☆3 籠神社 物部氏の祖神・饒速日命(=天火明命)

☆4 石上神宮 物部氏の祖神・饒速日命。
☆5 高良大社 物部氏の祖神・饒速日命。

☆7 鹿島神宮 物部氏の祖神・饒速日命。(=☆6春日神と同神)

☆10 大阪の住吉大社 神官の祖神は、天火明命(=饒速日命)

 

☆2 伊勢神宮の神は籠神社の神であり、
☆9 現人神社の神は☆9の住吉神であるので、饒速日命。

 

すべて彼が祀られている社ということになる。

名を変えられた彼らの組み合わせであった。

 

*物部氏は、饒速日命と御炊屋姫を祖神としているので、上記の社には彼女も祀られている。

 


(つづく)

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

 

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*7 鹿島神宮の神官

「儺の国の星」の著作者 真鍋大覚氏の先祖は物部氏であり、鹿島の神官を代々していたことから。

 

一記事にまとめようとしましたが、無理でした!
後編続きます。

2023年8月 1日 (火)

雪の宝満山*流星群と菊花の紋

もう、8か月も前のこと。
(別のシリーズ書いてたので、書いてなかった)

ふたご座流星群を宝満山(福岡の太宰府市)の上宮で見たい!

 

夕方から登ったら、中宮を過ぎたら雪が積もっていた。

標高826mの山頂は3センチほどの積雪。

Screenshot_202308011244012

夕焼けに間に合った。

Screenshot_202308011244042

夕焼けと飛行機

 

Screenshot_202308011244082

 

Screenshot_202308011244112

美しい~!

 


流星群の為に上宮の岩の後ろに、シュラフやらスタンバイ。

Screenshot_202308011244162

博多の街に明かりが灯る。

 

全体的にモヤがかかっていたが、上宮の上空だけ晴れた。

Screenshot_202308011244192

オリオン座が写っている。

流星は3時間で10個ほど見えた。

 

しばらく見た後、ふっと目を閉じた。

意識を上宮に合わせたら、

 

まもなく、ぱーっと光が広がった。

金色の中の黄色、オレンジ・・・。

それが中心から広がって、色鉛筆で描いたような模様が見えた。

 

 これは・・・

Screenshot_202308011244242


 菊の花?

 菊花の紋、だ。

 

頭上で光を放つ。

意識を合わすと吸い込まれそうになった。

 

 覚醒に至る紋(門)

 ゲートか

 

 そう言えば、神功皇后は「菊花紋章」。

 宝満山の神。

 

 あれは、これを意味していたのか。

おそらく、菊の花のように「見える」から、菊花紋。

 

 いつでもこれに意識を合わせろ

 

そういうことか。

 

また、しばらくして星を見ていたら浮かんだものがあった。

 

 星は以曽良星(いそらのほし)。

(以下、「儺の国の星」からの参考は青で)*1

 那珂川に伝わる星座五十八宿。

 ”い”は星。
 ”そら”は宇宙空間。

 あまのがわを、いそらがわと呼んだ人たちの国。

 

 ”いそらのかみ”

 磯良神であった饒速日は、*2

 この宇宙そのものの神なんだ。

 それは彼が、天御中主神でもあるということ。

 

 アマノトリフネでやって来たというツヌガアラシト神。

 星から来た。

 角があった。

 

 だから、天照として認識されていない。

 

 彼が天照っていうと笑う人いるでしょう?

 その名を出すだけで、胡散臭いと拒否反応を示す人さえいる。

  

 この国の人は、まだ深くて強い呪縛に囚われている。

 

 自分の深い場所に繋がると聞こえるはず。

 彼は、この国のこれからに必要な神。

 

 彼が表に出る時が、ARIONの行ってた7度目の岩戸開き。

 

 現人神は、国の大事の時に現れる神。

 では、国の大事って?

 

(つづく)

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどの無断使用はご遠慮ください。

 

**********************************************

 

*1 「儺の国の星」

真鍋大覚氏の著作。

福岡県那珂川市が昭和60年に発行。

広報 那珂川に連載されていたものを集めた本。

香椎宮の当時の神官が、「斯くの如き由緒ある土地には必ずや日本の文化を支えてきた観星の古語が残存していることと思ふので、今のうちに寸暇を工面して後世に書物を残すことを進言」と。(原文まま)

真鍋氏は物部の子孫。

先祖は常陸の出で、永く鹿島の神官を勤め、慶長の頃に那珂川へ。

太宰府市で暦を作っていた。

 

私は「儺の国の星」には、この国の古語、神の真の姿を解くための、物部と神話の地の那珂川が受け継いできた記憶が詰まっていると考えている。

 

 

*2 磯良神

福岡の高良大社の高良神の別名。

安曇磯良神。

高良玉垂宮神秘書には、住吉、春日、鹿島、勝馬(志賀島の志賀海神社)の神と同神とある。

神功皇后と夫婦。

高良は古来、物部の領地、祖神の饒速日命。

 

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