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神社

2023年1月16日 (月)

祓いの神 8 ~楯崎神社*宗像三神と神功皇后~

続きです。

☆→祓いの神 7 楯崎神社*大己貴神は饒速日命

 

続いて、楯崎神社のご由緒書、宗像姫の項。
概要です。

原文は、下記に記載してあります。

< 宗像姫 >

宗像三神は、天照大神と素戔嗚命の御子なり。

田心姫神、湍津姫命、市杵島姫命は、沖ノ島、中津宮、辺津宮の三カ所に厳重に鎮座。

奇瑞(*1)は、今も変わらず、今も昔も国家を護る大神なり。

旧事紀に曰く、

素戔嗚の子、大己貴神、先に宗像沖津宮に祀られる田心姫を娶り、一男一女、味鉏高彦、下照姫大神命を生む。

次に辺津宮に祀られる高津姫を娶りて、一男一女、味歯八重事代主、高照姫大神を生む。

味歯事代主神は変化して八尋の熊鰐(やひろのくまわに)となる。

玉依姫として生きた、三島溝杭女(*2)の所に通って、一男一女生む。

生まれた子が天日方奇日方命。

(中略)

 

宗像社記にはこう記されてある。

宗像大神が異賊に対して、最初の合戦地に御楯(砦か?)を築いた場所を楯崎とした。

その御楯は、石となって今もあり。

この神山(楯崎神社の山)の険しい峰の上、草木が盛んに生えている所に楯板あり、石となる。

Screenshot_202301161610482

(鼓島)

勝ち鼓を打ったところを鼓島と呼ぶ。

その鼓、石と成りて今もある。

Tatesaki05_20230116160901

社の後ろに神霊のおられる岩の窟がある。

*1 奇瑞 不思議で目出度いこと。
*2 原文は、三島溝杭女を通じて、玉依姫に生き一男一女を生む。

 

< 神功皇后の項 >

古老伝える。

昔、息長足姫尊(神功皇后)、将として三韓征伐の折り、 この山に登って神の助力を祈った。

船が泊まっていたところを、京泊という。

社殿の北、御手を洗った所を御手水の瀑布という。

(後は、周囲の地形、名称の謂れ)

原文は下記。

***********************************************

 <宗像神>

宗像三女神と言われる神は、実は一柱。

市杵島姫命です。

その名は女神天照の中にありました。

 

女神天照の名、撞賢木厳御魂天疎向津姫。
(つきさかき いつのみたま あまさかる むかつひめ)

榊(神との境の木)を撞き(つき、響かせるような意味合い)祀る=巫女のこと

厳の御霊=厳島神社の神、市杵島姫命

女神・天照が宗像神です。

 

この宗像神が饒速日命の后であった、御炊屋姫。

 

 

<宗像神は御炊屋姫、豊受大神>

 

☆奈良では御炊姫が弁財天として祀られる→弁財天は市杵島姫命と習合。

さらに、その名は、豊受大神、宇迦之御魂神を意味していました。

 

☆大神神社の摂社、御炊社の神が御膳津神(みけつかみ)→豊受大神、宇迦之御霊の別名
→御炊屋姫の名は、豊受大神、宇迦之御霊(稲荷神)を意味する。

☆→神*総まとめ)アメブロの記事

(「神の鉾 番外編 ~二柱の天照大神~」)

饒速日命が男神の天照であり、その后が女神の天照です。

 

*大己貴命は宗像三女神とそれぞれ夫婦とありますが、宗像神を三神としたのでこうした伝承になったのです。

ここに記述される神々は、ほとんどが彼らになります。

< 事代主神と三島溝杭女 >

 

ご由緒では、事代主神と「三島溝杭女」の子が、天日方奇日方命。

☆事代主神について
事代主神は、大物主神(大己貴命)自身です。
(「日本の真相 23 ~勢夜陀多良比売~」)

神武天皇の妃は、五十鈴媛命とされます。
日本書紀では彼女の母は、玉櫛姫、父は事代主神。
古事記では、大物主神(=饒速日命)

事代主神が大物主神であるので、同神です。

また、玉櫛姫とは、御炊屋姫のこと。

饒速日命の名にも、櫛玉彦があります。

(「御炊屋姫を追って ② ~櫛玉比女命神社・弁財天~」) 

 

☆三島溝杭女について

伝承により、くいの漢字は様々です。
(杭、樴、杙、橛、咋など。どれでも同じ)
三島溝咋神は、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)。

彼を祀る賀茂神社の葵祭から、饒速日命、住吉神と神功皇后に繋がっています。

(「日本の真相 15 ~前編 葵祭 と 住吉神 と 神功皇后~」)

また、三島溝咋の名は、住吉神を意味します。
(「魂須霊 5 ~「儺の国の星」の三島~」) 

 

三島神は、饒速日命。

オリオン座の三ツ星を三島星と呼び、住吉神を表していました。

 

三島神は、奈良では石上神宮の布溜神、

福岡では、高良神(住吉神)を意味します。

 

石上神宮の布留神は饒速日命。

 

饒速日命=三島神=住吉神です。(上記リンクより)

 

溝橛(みぞくい)についても、上記リンク先。

神武帝の后媛蹈鞴五十鈴媛命は三嶋溝橛(みしまみそくい・三島溝杙と同じ)の家系である。
三嶋も溝橛もオリオンの古称であった。
”そくひ”は栄井即ち、砂漠の中のオアシスのこと。
一望千里の砂礫の中に碧空を映しだす水鏡は、まさに虚慮の中に孤影悄然たる星辰の姿と同じ。

(「儺の国の星」 御笠の星の項より)

 

みそくい=御栄井。

三島の名も、溝橛の名も、オリオン座の三ツ星=住吉神を表す。

三島溝橛神は、住吉神であり饒速日命。

また、三島溝橛姫は、その后、御炊屋姫ということです。

 

 (概要の*2は、

 三島溝杭女=御炊屋姫=玉依姫なので、玉依姫として生きた三島溝杭女と、訳しています。

玉依姫は、役職、神の依り代=巫女を意味します)

彼女もまた、玉依姫。

(*なので、宝満山の玉依姫は彼女のことでもあります。
  祀られているもう一柱、神功皇后とも同神と言うことになります)

 

その饒速日命と御炊屋姫から生まれたのが、天日方奇日方命。

しかし、その神もまた饒速日命。

神武天皇でさえ、彼です。

 

彼らは信仰した一族が各地に散らばり、一族の名や、土地の名、職業の守り神として名を替えました。

記紀などの伝承は、名を替えたかの神を余すとこなく当てはめたということです。

 

☆神功皇后の子、応神天皇も饒速日命です。
応神天皇とされる八幡神も、饒速日命。

神武天皇と同じからくりです。

(「日本の真相 3 ~マナの壷~」)

(「日本の真相 4 ~3人の天皇~」)

 

 

ここには、その神功皇后の伝承がありました。

また、それにまつわる名称を記しています。

 

この由緒書に並んでいる、彼らと神功皇后の伝承。

神功皇后が、饒速日命の后の御炊屋姫であるから、一緒に記述されているのでは。

そう感じたのです。

ここには彼女が、この山に登って神の助力を願ったとの記述だけでした。

しかし、この近くの神社には「彼ら」を繋ぐ伝承があったのです。


( つづく )

 

 

 

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2023年1月 2日 (月)

三社参り ~那珂川参り~

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。


山へご来光を見に行けなかったので、地元(福岡)那珂川の三社参りへ。
この辺りのお正月のお参りは、三社行きます。

那珂川は「猿田彦神の発祥の地(市公認)」とされています。
さらに、住吉の元宮もあるので、「住吉神の発祥の地」でもあるのです。

 

20221226130015_img_0019

(年末に行った時の現人神社)

氏神様の住吉の元宮、現人(あらひと)神社。
☆→現人神社 ~福岡県那珂川市~) 

ご祭神、住吉三神と神功皇后。


パワースポットとして知る人ぞ知るお社。
最近、有名になって人が多くなってきたので嬉しい限りです。

この後、娘の「とうらぶ・お散歩」に付き合って、裂田神社へ。

20230101100339_img_0148

裂田溝(さくたのうなで)を通って行きます。
神功皇后と武内宿禰、土地の人が力を合わせて造ったという、日本最古の現存する水路。

今でも清らかな水が流れ、田畑を潤しています。

翡翠もくるらしいのですが、まだ見たことないんですよね~。

20230101101314_img_0158

左手の林に裂田神社があります。
右手が安徳台。

ここには伝承がありました。

 

裂田溝を掘っている際、行く手を阻む大岩が現れました。
武内宿禰が祈ると雷が落ち、これを砕いたとされます。
雷が轟いたので、とどろきの丘(安徳台)。

 

ちょうど林の右端に、その「大岩」があります。

武内宿禰は高良神であり、住吉神、饒速日命です。
高良の伝承では、高良神は武御雷神と同神。
「雷を祈って落とした」
この伝承は、彼が雷神でもあることを示唆しています。

20230101101120_img_0154

裂田神社

ご祭神、神功皇后。

☆→裂田神社と裂田の溝(さくたのうなで) ~福岡県那珂川市~

20230101101809_img_0163

彼らが200年代なら、1800年もの間大切に受け継がれてきた水路。

彼女が福岡にいたと推定される期間では、到底この工事は終わりません。

 

でも、確かにここには彼らの足跡があります。
ならば、彼らはここにずっといたのです。

20230101101757_img_0161

二社行ったなら、三社参りで「日吉神社(山王宮)」へ行こう。

 

20230101103221_img_0166日吉神社

幟端があがってます。

20230101103328_img_0167

初めて来たとき、この辺りからびりびりするような凄いパワーを感じました。

20230101103408_img_0169

境内の猿像。

前に写真が天狗のような光が写りました。

 

Screenshot_202301011759332

 

 

光った時の写真

20230101103716_img_0172

ここは日吉大社の元宮の一つです。

(日吉大社の御祭神は、大神神社から勧請した大己貴神と大山咋神。二つの宮の神は同神としている)
☆→日吉神社 ~福岡県那珂川市~

最澄さんが「ここの猿田彦神」を日吉大社に勧請しました。

 

しかし日吉神社のご祭神の中に、その猿田彦神の名はありません。
(土地の人は、猿田彦神として祀っています)

すべて同神であり、日吉神社の神(まとめて)が猿田彦神でもあるからです。

日吉神社のご祭神

 天御中主神、大己貴神、日子穂穂出見神。大山祇命、八雷神、菅原神、迦具土神、田心姫神、高淤加美神、闇淤加美神、手力雄神、宇賀魂神、表筒男神、中筒男神、底筒男神、須佐之命、天照大神。

 

「住吉神、猿田彦神」が同神なので、那珂川には両神の「発祥の地」である元宮があるのです。

 

20230101105429_img_0179

帰り、ついでに「伏見神社」へ。

☆→伏見神社・祇園祭 ~磯良舞~

 

ご祭神、淀姫(豊玉姫)、スサノオ命、大山祇神、神功皇后、武内宿禰。

20230101105549_img_0181伏見神社の神功皇后

淀姫は神功皇后の妹とされますが、同神です。
別名の豊玉姫は、伝承から彼女だとたどりついてます。

神功皇后、住吉神。
彼らは1800年以上前、この地で暮らしていたのです。

 

愛しい愛しい我がふるさと。
山も水路も土地の人も。
何千年経ても何一つ変わらないものが、ここにはあります。

2022年12月23日 (金)

祓いの神 4 ~英彦山*大己貴神と宗像三神~

続きです。

<英彦山の神>

英彦山には、修験道に伝わってきた縁起がありました。

Screenshot_202212230846412(英彦山奉幣殿)

 

以下、<彦山修験道縁起>より、解読、抜粋。

宗像三神は日の神を奉り、勅命により、最後に宇佐に降りた。
大己貴神が娶った田心姫命、瑞津姫命は、英彦山の北峰に鎮座し、北峰の主となった。
市杵島姫命はこの山(英彦山)の中腹に鎮座。

Screenshot_202212230846462

(英彦山中岳の上宮)
Screenshot_202212230850232

上宮

忍穂耳命の霊(魂)は、鷹と一つになって、東から飛来してこの嶺に止まった。
大己貴神は、北峰を忍穂耳尊に献上した。
故にこの山を日子という。

(忍穂耳命は、天照神の子だから)

 

田心姫命、瑞津姫命は、北山を降りた。
宗像三女神と大己貴神は、許斐(このみ)山に移った。

*宗像三女神が奉った日の神とは、大己貴神=饒速日命のこと。

*許斐山には、宇佐神宮の末社がある。

宇佐神宮の大宮司家が武士化した時に、許斐山に山城を造った。

(以下サイト、参考)

https://maidonanews.jp/article/14400234

 

*このことからも、神はそれを信仰する一族が土地に祀り、名を替えたり、伝承の中で「神が降りた地」とされることが分かる。

 

☆宗像三女神は、宇佐神宮に祀られる「比売神」です。
そこに共に祀られる神功皇后。

豊前豊後の一ノ宮の神は彼女であり、豊神とは神功皇后のこと。

(「筑紫島の四つの面 2 ~白日別神と豊日別神~」)

 

☆宗像三女神は一柱であり、市杵島姫命。

市杵島姫命=弁財天=御炊屋姫=豊受大神=神功皇后

大己貴神=大物主神=饒速日命

(「神の鉾 番外編 ~二柱の天照大神~」)

 

英彦山に祀られていたのは、饒速日命と御炊屋姫です。

(天照大神と豊受大神)Screenshot_202212230854002

北岳の祠

Screenshot_202212230854132

(北岳 磐境(禁足地))

後に天忍穂耳命と名を替えられた。

山中には、天火明命を祀る大南神社もあります。

Screenshot_202212230846522

(英彦山 大南神社)

おそらく、「日子」の山の名で、饒速日命が御祭神のままでは都合が悪かったのでしょう。
(日子=饒速日命になってしまうから。彼が天照であることは徹底的に隠されます。)

日の神が天照。その御子が天忍穂耳とされるから、替えられたのです。

 

「移った、譲った」は、名を変えた同じ神のこと。

親等は関係なく、そのもの。

(天照の子=天照そのもの)

(「英彦山  奉幣殿~玉屋神社」)



< 夫婦神 >

☆この縁起には、「大己貴神と宗像三神が夫婦」とあります。

他にも
☆高良神(住吉)と、神功皇后が夫婦(高良玉垂宮神秘書)

☆住吉神と神功皇后が夫婦(大阪住吉大社の伝承)

☆天火明命と豊受大神が夫婦(籠神社)

 

それぞれ同じ神なのです。

 

大己貴神=大物主神=饒速日命=天火明命=天照大神=住吉神。
宗像三神=市杵島姫命=弁財天=御炊屋姫=豊受大神=神功皇后。

それぞれが名を替え、入れ替えられて夫婦として祀られているのです。

(「神の鉾 番外編 ~二柱の天照大神~」)

神社や伝承によりこの組み合わせが違う=それらは信用に値しない、のではなく、

全て同じ神であるから、色んな組み合わせになってると分かれば、腑に落ちるはずです。

☆大己貴神と宗像三神の組み合わせは後に登場します。

 

<羽白熊鷲退治をした者>

 

射手引神社(柿木)と冷水峠(シタクラツクシ坂)

 

これらの羽白熊鷲を退治したのも神功皇后でした。
(高良の伝承では、高良神(住吉神)と神功皇后)

射手引神社には彼女らが祀られ、伝承もありました。
(「射手引神社 1 ~神功皇后と高良神の熊襲退治~」) アメブロのサイト

射手引神社には、

香椎宮として、住吉神と神功皇后。
貴船神として、高龗神と岡象女神。

☆住吉神=高龗神=饒速日命。
☆神功皇后=岡象女神=豊受大神=織姫=瀬織津姫=御炊屋姫(饒速日命の后)。

 

*全て、高良神(住吉神)と神功皇后にたどりつきます。

彼らは饒速日命と御炊屋姫命であり、天照大神と豊受大神。

 

高良の伝承では、彼女と高良神は夫婦であり、共に戦っています。

彼らが熊襲を退治したのです。
故に、その社や山に祀られる。

 

彼ら自身が四座と脊振などで神事を行い、神の結界を張ったのです。

神功皇后が福岡の山々に登ったのはその為でした。

 

英彦山の大己貴神は饒速日命。
そして住吉神。
宗像神は、御炊屋姫であり、瀬織津姫。
そして神功皇后。

 

住吉神と宗像神、瀬織津姫。
彼らは、記紀の祓いの神です。

 

< 光の柱 >

いつもアメブロでコメントをくださる、天澤さんに言われて気づきました。

グリッドワーカーと言うそうです。

 

神事とは、これのことではないのか。

光の柱を立てる。

その光の柱が繋がり、結界ととなる。
まさにそのままです。

 

それは那珂川の安徳台で見ました。
神を一柱と呼ぶのはその為です。

 

 

( つづく )

 

現在、英彦山上宮は改修工事の為、一部登山道が通れなくなっています。

正面道は行者堂まで。

南岳、北岳は山頂まで。
南岳~中岳~北岳の縦走路も立ち入り禁止。

バードライン、北西尾根も登れません。

Screenshot_202212230853452

上宮前のドウダンツツジ。

改修後も残ってるといいなぁ。

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

2022年12月 4日 (日)

射手引神社 2 ~神の気~ (改訂版)

射手引神社の扁額にある、香椎宮と貴船宮。

二つの宮は同じ神でした。
当たり前です。

この地は、神功皇后の伝承地。

Screenshot_202211291655002


香椎の神とは神功皇后。
中筒男神は住吉神(高良神、饒速日命)。

貴船の神は饒速日命。

ここは、彼女と高良神が羽白熊鷲を退治した土地です。

彼らを祀るのは、その後の土地の安寧を願う事にもなるのです。
彼ら以外であるはずはありません。

(またそれは、この社にある二つの宮の神は同神であることを証明しています)

 

*手力男神は、伊野天照皇大宮にも天照と共に祀られる神。
同神でなければ、一緒に行動していた者の一人か。
かの神は「伊野天照皇大神宮」にも祀られていました。
この神は分かりません。

 

社の裏山に登れます。
約三分で「天神社」。

Screenshot_202212040955472

Screenshot_202212040955512

 

「彼ら」が祀られる多くの社には、天神様が祀られています。
「永遠にお守りすると誓ったから」だそうです。


(確定では無いですが、「天満宮に神として祀られている道真公」も饒速日命かもしれません。
現人神は、住吉神と北野の神(道真公)を意味します。


< 貴船宮の杜 >

射手引神社を求めて、初めてこの地に来た時、幻影を見ました。

鬱蒼とした森と、清らかな川の流れ。
森の中に降り注ぐ、天からの光の帯。
天とのあいまいな境界。

社伝にあった記述を見た時、それと重なりました。

<神功皇后が休み、雲間から光と共に、神の援軍(天の射手)が来られた>

その地は元の貴船宮の杜の場所であり、柿木と書かれてありました。

そこへ行きたい!


車で通った時にその名を見ました。

Screenshot_202212041008202(地図はGoogle map)

嘉麻市役所の山田庁舎の側に「柿木」という交差点あり。
側には「五社稲荷神社」と、稲荷山がありました。
ここに間違いありません。
稲荷神=饒速日命です。

Screenshot_202212040956022

射手引神社から400m。
川を渡ってすぐでした。

Screenshot_202212040956072

さらに上へと登りました。

Screenshot_202212040956152
ここが稲荷山山頂。
三角点はありません。

Screenshot_202212041008272

ここが柿木の杜。

彼らの伝承地であるから、後に「貴船宮の杜」と呼ばれたのでしょう。
饒速日命=貴船神=稲荷神。
だから、稲荷神が祀られているのです。


ここに立った時見えた光景がありました。

 

たくさんの人が宴会をしているのです。
古代人(角髪を結った)人達が酒を酌み交わしていました。

笑い、踊り、とっても陽気な雰囲気。
打ち上げか!爆笑

(普段、あまり見えたりしません)

 

おそらく、柿木の語源は、「神の気」。
この土地に来た時感じたものです。


神の気配を強く感じる土地。

ゆらぎの向こうに垣間見えるような、曖昧さ。

 

ここは、天の射手が雲間から現れ、加勢した地。
もしかすると、未だに「天との距離」が近いのかもしれません。

神の気配が色濃く残る土地なのです。

 

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2022年11月29日 (火)

射手引神社 1 ~神功皇后と高良神の熊襲退治~(改訂版)

(以前の記事に追記をしています)

福岡県嘉麻市上山田

射手引(いでひき)神社があります。

神功皇后が熊襲を退治した伝承がありました。

Screenshot_202211291654302
境内には素敵な神功皇后の像があります。

かっこいいですね。
大好きです。

Screenshot_202211291654422
長めの階段を上がり、

Screenshot_202211291654492

 

鳥居。
写真からもパワーを感じます。
様々な貴重な情報が詰まってるので、神社のHPから引用、要約させていただきます。
(「射手引神社 HP より)

古くから、香椎宮・貴船宮と称している。
御祭神
【旧香椎宮】
仲哀天皇
神功皇后
仲筒男神

【旧貴船宮】
岡象女神(みづはめのかみ)
龗神(たかおかみのかみ)

手力男神(たぢからおのかみ)

Screenshot_202211291654552

拝殿。

【社伝】

古処の山麓や当地に住む羽白熊鷲なるもの良民を苛む
神功皇后これを討伐するおり難渋され給いて
貴船宮の杜にて休らいて 神々の御加護を祈り給う
雲々の間より光と共に手力雄命 天の射手を率い御加勢給い征伐叶う
神功皇后 貴船の神々と共に手力雄命を併せ
射手引大明神と称して祀り給う

後に里人 香椎宮(福岡市東区)より御祭神を戴き 尾浦の地に祀り奉る

(「射手引神社HP」 より)

Screenshot_202211291655002

冷水峠にいた羽白熊鷲は、大根地山の神々の助力により、その地で退治されています。

 

古処山の山麓にいた「羽白熊鷲」は、この地にも出没し、土地の人を苦しめていました。
冷水峠のものと別のものです。

神功皇后は、これを討伐する際、難渋される。
貴船宮の杜で休まれた時に、神に加護を願った。

雲の間より現れたのが手力男(雄)命。

天の射手を率い加勢した。


神功皇后は、貴船の神々と共に手力雄を併せて、射手引大明神として祀った。
 

Screenshot_202211291655062

扁額に並べてある香椎宮と貴船宮。

同じ社内、摂社、末社に祀られる神は、同神または夫婦神です。


<< 香椎の神 >>


香椎宮、神功皇后。

仲哀天皇。

「記紀の伝承」でも、この時はすでに仲哀天皇は崩御してます。
いるはずのない仲哀天皇が御祭神。
元から、「仲哀天皇」はいなかったのです。

仲筒男命の名があります。
「中筒男命」なら、住吉三神の一柱。
(仲哀天皇と被せてるのか)

神功皇后と共に行動し、夫婦であったのは住吉神の底筒男神。
彼が高良神です。

住吉三神とされますが、真実は一柱。

饒速日命です。



<< 貴船の神 >>

 

<  岡象女神  >

 

貴船宮の岡象女(みずはめの)神。
京都、籠神社の奥宮の相殿に祀られる。      

本殿には、豊受大神。

同じ神であるので、祀られているのです。

 

豊受大神=岡象女神=神功皇后。

彼女は饒速日命の后であった御炊屋姫です。
(大神神社の摂社の御炊社の神=御膳津神=豊受大神)

神の鉾 番外編 ~二柱の天照~



< 高龗神 >

貴船の神、高龗神も饒速日命です。
京都、貴船神社にも高龗神は祀られており、彼に繋がります。

 

神社のHPに「高龗神」について、古事記、日本書紀の引用がありました。
(「龗」は、雨に口三つに龍。龍という意)

貴船神社HP より 要約)
 ***************

 

古事記には、伊弉諾尊が火の神を斬った剣から滴った血から生まれた神が闇龗神とある。

 

日本書紀にはこうあった。
伊弉諾尊が剣を抜いて、
軻遇突智(かぐつち)(火の神)を斬って、三つに絶たれた。

その一つは雷の神になった。
一つは大山祇(おおやまつみ)となった。
一つは、高
龗神となった。

と闇は、同神である龍神。
は「山上の龍神」、闇は「谷底暗闇の龍神」。

 

**********************************************


高龗と闇龗は同じ神(龍神)だとあります。

さらに、古事記の記述から分かる事。
「かぐつちを斬って三つに絶たれた」とは、元々一柱の神であり、同神である。

*雷の神である武御雷神は、住吉神であり、饒速日命。
高良神(住吉の底筒男神)は、春日神、常陸の神、勝馬(福岡の志賀神)と同じ神(「高良玉垂宮神秘書」)
住吉神=春日神=常陸神(鹿島神)=武御雷神

神の鉾 4 ~天照の分御霊~

 

*大山祇の神は、日吉神であり、饒速日命。

 

高龗神は、龍神=饒速日命。


それぞれ、饒速日命にたどり着いています。

また、貴船神社には、「天の磐船」が祀られる。
天の磐船=饒速日命。

同神であるから祀られているのです。

*日本書紀、古事記により、神の出自、属性は違います。

そこから親等など、決めつけるのは無意味です。



< 天磐船神とは >

 

福岡に天磐船神を祀る神社があります。
七夕神社と呼ばれる「媛社(ヒメコソ)神社」。


ここにも二つの扁額あり。
天磐船神として天火明命。
棚織(たなばた)神として袴幡千千媛命(たくはたぢぢひめのみこと)が祀られます。

 

☆天磐船神=天火明命=饒速日命。

袴幡千千媛命は天火明命の母とされます。
しかし、母子で七夕の伝承は成立しません。
「織姫」は妻である者。

袴幡千千媛命では無いのです。

 

ここから、彼女は「瀬織津媛」でもある、御炊屋姫、神功皇后へとにたどり着いてます。

御炊屋姫と瀬織津姫の名の意味 ~「儺の国の星」の炊屋星~

御炊屋姫を追って ⓽ ~大神神社の炊屋社の豊受大神~

 

記紀や神社の伝承は、そのままの「事実」ではなく、暗号のようなものだと思えばたどり着けるのです。

 

 


< 射手引神社の御祭神 >

射手引神社には、

香椎宮として、住吉神と神功皇后。
貴船神として、高龗神と岡象女神。

☆住吉神=高龗神=饒速日命。
☆神功皇后=岡象女神=豊受大神=織姫=瀬織津姫=御炊屋姫(饒速日命の后)。

 

香椎宮と貴船宮。

二つの宮は同じ神でした。

 

 

( つづく )

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

2022年11月24日 (木)

宇佐神宮 ~祀られる神々~

宇佐神宮
久々に御参拝。

福岡から下道で往復5時間半。
冷水峠、田川経由、201号線を通って、行橋、中津と通ってきました。
(写真は写らないように撮ってますが、たくさんの方が参拝されてました)

Usa01大鳥居

Usa02

二日、間を置かずに行きました。

Usa03

黒男神社

御祭神 武内宿禰

神功皇后の片腕と言われている宰相。
その名は、常に黒い甲冑を身につけていたことから。
福岡の久山町にもあり、くろどんと読みます。

彼も高良神(住吉神)です。

Usa04_20221124095401

参道の紅葉

Usa05

手水舎の日本一の水盤

Usa06

右手の山に朝日稲荷神社があります。

Usa07_20221124095601 弥勒寺跡を通って

Usa08_20221124095601

朝日稲荷神社


御祭神 宇賀御魂、大宮姫
合祀 猿田彦神


神功皇后が神々を降ろした、大根地神社の摂社も朝日稲荷神社。
稲荷さんなのに、スサノオ命、大市姫が祀られます。
(→☆二つの伝承 6 ~大根地山(2)~)


後にスサノオ命(祇園さん)も彼らだと分かりました。

大根地は、大いなる根(古語で神・貴人)の地という意味です。

ちなみに朝日稲荷神社を辿ると、伏見稲荷大社へ行きつきます。
そこには五柱の神が相殿に奉祀されていました。
(宇迦之御霊大神、佐田彦大神、大宮能売大神、田中大神、四大神)

大社のHPによりますと、「(五柱は)稲荷大神の広大なるご神徳の神名化」とあります。

つまり同神です。

佐田彦大神は猿田彦神のこと。(*1)

同じ社、摂社などに祀られる様々な神々は、これに尽きます。
上の朝日稲荷神社にも猿田彦神は合祀されています。

同神だからです。

Usa09_20221124095601

写真5枚目の左手にあるのが、八坂神社  養蚕神社

八坂神社にはスサノオ命
養蚕神社には天照大神が祀られます。

天照は天照国照天火明櫛玉饒速日命の日の神の神名を持ち、祇園の神・スサノオ命(海神)でもあった饒速日命。
高良の神は月神。

住吉(海と星)、石上神宮の布留神は星神でもあるので、彼は日月星海の神。

 

”フル”はfull。
満ちた、完全な、の言葉に通じるのは偶然では無いのかもしれません。
脊振(せふり)は、脊に振る(布留)神の山でもありました。 

クシ(奇・櫛)フル(振る・布留)岳です。

北辰の神、天御中主神は彼の事でもあります。
→☆神*総まとめ)アメブロの記事

Usa10

祓所

ここの雰囲気も好きです。

Usa11

大鳥居

Usa12拝殿は小高い山の上にあります。

Usa13

小椋山の説明板

椋木(むくのき)と楠(くすのき)は、種類が違うのですが、両木とも神を宿すと言われます。

Usa14

拝殿を横から

山行してると三角点が気になります。
YAMAPの小椋山の表示は拝殿内を示してます。
三角点あるのかな~。

Usa15

案内板

御祭神   一の御殿  八幡大神(応神天皇)
二の御殿   比賣(ひめ)大神
三の御殿   神功皇后

比賣大神は宗像三神
市杵島姫命であり、弁財天
御炊屋姫(=御膳津神=豊受大神=宇迦之御魂神)です。

これが神功皇后。

 

八幡神は、神としては饒速日命
応神天皇は敦賀の気比神社の地で、ツヌガアラシト(現人神)と名を交換しています。

現人神は住吉神=高良神

彼も饒速日命です。

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拝殿

左から一の殿、真ん中が二の殿、右が三の殿

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三の殿の奥にあるのが住吉神社

Usa18住吉神社

高良玉垂宮神秘書には、高良神(=饒速日)、住吉神、安曇磯良神、鹿島、春日と同神とあります。
故にここに祀られます。

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一の殿の奥には春日神社

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この右手には北辰神社(天御中主神)

*この地に元々おられた神とのこと。

彼らも同神であるから、ここに祀られます。

ご利益があるから一緒にしてるという俗物的な理由よりも腑に落ちます。
それだけなら天照大神がここに祀られていても良いはず。

最高神なんですから。

天照大神、スサノオ神は摂社におられました。
本殿には神秘書の通りの「住吉神と春日神」とは、諸事情によりということでしょうか。

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奥に見えるのが奥宮がある御許山(おもとやま)

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山体の左側に奥宮があります。
大尾山から、尾根伝いに御許古道があります。

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下宮へ

この道も良いですね。

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下宮

Usa25拝殿

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下宮内

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紅葉してました。
この右手奥に行きますと、
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八幡神が現れたという御霊水。
この前の池が綺麗でした。

境内から大尾山に行けます。

Usa31

大尾山

階段を上って行くと二つの社がありました。

Usa32

宇佐八幡神託事件のあらまし

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護皇(ごおう)神社

和気清麿が祀られます。

「皇室を守った」ということでしょうか。
その上にあるのが、

Usa34

八幡神社

ご祭神 八幡大神
扉を開けて中でお参りできます。

Usa35

この大尾山の尾根伝いにあるのが、御許古道(おもとこどう)。

御許山に尾根伝いで行けます!

*舗装はこの辺りまで。
周回20キロ強。
晴れた日を狙って、縦走します!

 

伏見稲荷大社の言葉が心に染みました。
やっぱりそうだったのかぁ。

続けててよかった。
このタイミングで後押しされたような気持ち。

ありがとう!

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

 

**********************************

 

*1 猿田彦神

猿田彦神は福岡の那珂川発祥の神とされていて、市の公認になっています。
そこには住吉の元宮の現人神社があり、住吉神もこの地で生まれたとされています。
同神であるから出身地も同じなんですね。

 

住吉神は高良神。

那珂川には、高良神が若い頃に暮らしたと伝承がある猫嶺城もあります。
猫=根子=国の根っこを造った神と言う意味。

神話の神すべては彼らであるので、那珂川が神話の地です。
神々が生まれた「イザナギの禊」にまつわる名の全てがあります。

→☆安徳台と高天原~

 

はっ!

布留神のフルはfull(完全な)。
那珂川一帯を指した古代の「儺(奴・な)国」の「な」にも、完全なという意味がありました。

奈良は、なと、ら(神・光)を意味します。
やまとは、神(完全な存在)の国の意味。

この二つの国が彼らがいた「邪馬台国」に当たります。

☆紅葉

今年は紅葉の当たり年でした。

Siouji01
四王寺山
Siouji02
四王寺山
見事です
Siouji03四王寺山
Homankoyo01
宝満宮竈門神社の紅葉のライトアップ

Homankoyo02

宝満山の楞伽院山荘前の紅葉




2022年8月25日 (木)

神話の神 ~世界の始まりの神~ (祇園の神 番外編)

前回の続きです。

(「祇園の神 13 ~祇園の神の八岐大蛇退治~」)

本編から少し脱線です。

筑紫での「須佐之男命」の前に、神話の神について。

神話は(途中まで)彼ら二柱の出来事を、状況、名を変えて、綴られた物語です。

彼らを祀る人たちが地方に散らばり、その土地の名の神として名を変える。
職業の神として。
自然の神として。

その名を余すことなく、別々の場面で登場させています。
また記紀から発生した彼らの名を、彼らとして社に祀ってもいます。

そうして祀られていったのが神社の御祭神。

 

造化三神、別天津神、神世七代
これらの神のほとんどは、記紀の成立と共に創られたと思われます。

祀られている宮は、物部神社。
饒速日命と御炊屋姫を祖神とする物部氏の社です。

 


< 物部神社 >

祭神の名が多くある神社は、それだけ彼らとの縁が深く、強く、近く。
二柱の真の姿を知り、伝えていることを表しています。

その中の筆頭が島根県にある石見国一之宮「物部神社」。

物部神社HP

彼らの御子、宇摩志麻遲命を主祭神としています。
ここに祀られる神(後の世の人以外)は、彼らです。

(宇摩志麻遲命さえもそうかもしれない)

 

本殿、末社、摂社に数多の神の名が連なります。
多すぎてここではすべてを書けないので、一部だけアップします。

*物部神社 御祭神

主祭神 宇摩志麻遲命(うましまじのみこと)
相殿神

 右座 饒速日命

    布津御霊神(ふつみたまのかみ)
 左座 天御中主大神(あまのみなかぬしのおおかみ)天照大神、造化三神、別天津神、

 神世七代(豊斟渟命(とよくむぬのみこと)、泥土煮命(ういじにのみこと)、大戸道命(おおとじのみこと)、面足尊(おもだるのみこと)*1

須佐之男命、国常立神、御食津神(みけつかみ)*2、イザナギ神、イザナミ神、ヒコホホデミミコト、アメノオシホホミミノミコト、稲倉魂命(うかのみたまのみこと)、大穴牟遅命(おおなむちのみこと)、事代主命、大国主命、大年神、他

境外摂社の漢女神社(からめじんじゃ)
    幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)他

境外末社に、熊野神社、石上布留神社 他

*************************************

後の世の人以外は、すべて饒速日命(天照)と后の御炊屋姫(豊受)の分霊神。

☆天照大神。
(「神の系譜 1 ~新嘗祭と天照大神と饒速日命と住吉神~」)(アメブロの記事 後にUPします)
(「神の系譜 3 ~天照は磯神*いそのかみ~」)(アメブロの記事)

☆須佐之男命。
(「祇園の神 7 ~神話の中の須佐之男命~」)

☆稲倉魂命、大年神、大穴牟遅命は大己貴神であり、大神神社の饒速日命。

☆御食津神(みけつかみ)は、大神神社の御炊社に祀られる御膳津神(みけつかみ)であり、豊受大神、宇迦之御霊を意味します。

饒速日命の后の御炊屋姫でした。
(「御炊屋姫を追って 9 ~御炊社*大神神社の豊受大神~」)

☆国常立神
(「神の系譜 2 ~伊勢の神は磯良神*日月の神~」)(アメブロの記事)

 

☆大国主神
(「大国主神の幸魂奇魂」)
(「神の系譜 4 ~月読神の十種神宝~」)(アメブロの記事)


☆境外末社に、熊野神社、石上布留神社などもあります。
熊野大社の神は彼ら二柱。
*1の神世七代の四柱は熊野那智大社にも祀られています。
(「祇園の神 8 ~熊野三社の神~」)

☆石上神宮の布留神は饒速日命。
(「神の系譜 3 ~天照は磯神*いそのかみ~」(アメブロの記事)

☆境外摂社の漢女神社(からめじんじゃ)には、

𣑥幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の名があります。
市杵島姫命は宗像大神、*2の御膳津神と同じ、豊受大神、宇迦之御霊、弁天様であり、御炊屋姫です。

(「御炊屋姫を追って 2 ~櫛玉比女命神社・弁財天~」)



𣑥幡千々姫命について。(wiki 𣑥幡千々姫命 )

彼女の系譜は伝承によりあいまいです。
高皇産霊神(高木神)の娘
思兼命の妹
高皇産霊神の孫

天照大神の子の天忍穂耳尊の后で天火明命とニニギノミコトを産んだともされます。

このあいまいさは、彼らが同神であるからです。
神話の続柄はすべてあてにはなりません。

天照が住吉神であり饒速日命(高良神、鹿島神、春日神、武御雷神、志賀神、他と同神)。
豊受大神が御膳津神であり宇迦之御霊、弁財天である御炊屋姫であり、市杵島姫命である宗像大神。

それだけでも神話の続柄通りではないことが分かります。

 

*大国主神の和魂が大物主神であったりと、同神を示唆してもいます。
*豊受大神は伊勢の外宮に祀られながら日本書紀には名がありません。
*豊受大神が宇迦之御霊(同じ御膳津神)ならば、稲荷神であり、須佐之男命の御子です。
しかし、古事記では豊受大神はイザナミ神から生まれた和久産巣日神(わくむすびのかみ)の子とされています。

日本神話の神々にはこのような矛盾が数多あります。
すべての神が、彼ら二柱に集約されるからです。

*記紀の中の「○○と言われている」はその通りのことが多いです。
(日本書紀の「神功皇后は中国の文献では卑弥呼とされている」は、同神であることを示唆している。)

 

世界の始まりの神。
これらはそのほとんどが創作であり、その中に「天御中主神」など彼らの別名(分霊)を入れ込んでいます。
しかし、創作であった神も人の祈りにより神になります。

<神は人の祈りが無ければ神にあらず>

前に聞こえたのですが、人の祈りは神の力となるほど大きいのです。

 

 

須佐之男命は祇園の神でありました。
祇園祭の神は、住吉神と神功皇后であり、彼が須佐之男命でもあります。
彼らは実在していた饒速日命と御炊屋姫。

言い換えれば、「須佐之男命」は実在していたのです。
イザナギ神とイザナミ神以降は、彼らの物語を基にしています。

それを余すことなく、各地の彼らの分霊神も取り込んで鮮やかな物語に織り上げた日本神話。

 

基となった真実の物語を知ると、複雑で見事なその手腕に目を見張ることでしょう。
彼らの生きた証をしっかりと伝えている日本神話。

須佐之男命・・・母のイザナミ神を失った彼は、高天原で災厄となります。

Kujyu

(くじゅう 坊がつる 天の川*テン泊縦走した!)


物部神社の御祭神、宇摩志麻遲命には天の川の意味があります。
<銀河(天の川)をうましのみちと呼んだ>と真鍋大覚氏の「儺の国の星」。
星の神であり、饒速日命の布留神*と同じ意味です。
*(布留は隕鉄=隕石でできた剣=星神。布留御霊は宇宙の色)
*真鍋氏は物部の末裔(先祖が鹿島神宮の神官=鹿島の神も饒速日命)

御子なのか同神なのか。

神となれば混ざりあって、どっちでもあるのかもしれませんね。  

 

 

( つづく )

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

2022年8月17日 (水)

祇園の神 12 ~後編 卑弥呼は神功皇后 ~

前回の続き。

(「祇園の神 11 ~前編 卑弥呼は神功皇后~」)

 高良山の麓にある「祇園山古墳」

*墓の築造が(早くて)三世紀。
*魏志倭人伝の卑弥呼の墓の状況(殉葬者など)と極めて近い。
*高良神(住吉神)の后は神功皇后。
*二柱とも「祇園の神」。
*彼は饒速日命、彼女は御炊屋姫であり、宗像姫。
*被葬者は彼女の可能性が高い。
*墓に眠るのが彼女なら、魏志倭人伝の「卑弥呼」と同時期に筑紫に存在したことになる。
*神功皇后(御炊屋姫)は筑紫の伝承の甕依姫(かめよりひめ)。

 

本来の名がひみかではないか。
後の世に、その名から”みか”を含む名が出来た。

『御炊屋姫(みかしきやひめ・みかしやひめ)、甕依姫の名も後の人が付けた名』

当時の名が半島に伝わり、それがそのまま記録として残っていると断言できます。

彼女こそ卑弥呼。
三世紀ならば、被葬者が活躍していたのはAD200年頃です。

「彼ら」が生きたのも、その時代。

 

ここまでで考えられる彼らの出来事を、時系列にまとめてみました。

 

☆< 大和 >

☆御炊屋姫、奈良の登美地方で生まれる。
彼女は登美夜毘売(とみやびめ)でもあり、登美族の者。
(登美は奈良の北西部か。下記の左上。緑の線の内側)

Narako04_20220817034401

図1  地図はYAMAP

2の場所が矢田丘陵
(「饒速日命を求めて ⑥ ~矢田坐久志玉比古神社~」)

3が神功皇后の御陵さん。ここも登美*1
その頃の奈良盆地には巨大な奈良湖があった。

Narako01
図2(古代奈良湖)

出典は「古代で遊ぼ」

 http://www.ne.jp/asahi/woodsorrel/kodai/edo/index.html

(サイトご覧下さい!当時の様子が見事に再現!)

 

☆同時期、あちこちで異類出没。 *2
(「古代奈良の夢 ~前世 ④~」)←自分が見た前世の記憶から。ここは参考程度に。 

魏志倭人伝にある倭国騒乱。(AD200年より少し前)
 奈良湖の水が増え、作物が採れなくなったため。

(もしかすると、「倭国騒乱」は異類が出没していたことか)*2

☆饒速日命、北部九州から大和へと移動。
御炊屋姫と出会い、夫婦となる。*3

☆饒速日命達が奈良湖の水を引く。
(「饒速日命を求めて ⑨ ~天ノ鳥船の時代 後編~」)

上記サイト(古代で遊ぼ)に描かれてあったことから繋がります。

山体崩壊した亀瀬岩(奈良盆地の西)の辺りを開削し、奈良湖の水を引く。
図2の左端の真ん中(大和側川床開削)とある場所。

Narako02

図3(画像は「古代で遊ぼ」)
図2の「大和川川底開削のあたりのアップ」

周辺にある奈良の神社から、奈良湖の水を引いたのが大物主神と分かる。
大物主神=大神神社の神=饒速日命

(「古代奈良湖と裂田溝 ② ~三輪のヘビは竜~」)

このことが「海の満ち引きを操る珠(月神の所以)」である干珠満珠の伝承になる。
(以下の神、該当神社に祀られているのは全て同神。上記の記事に詳細)

*大物主神(饒速日命・十種神宝)、天照大神、豊受大神、山幸彦。豊玉彦豊玉姫、他。
*浦島太郎の伝承にもなる。

☆湿地帯となった所で、稲を栽培できるようになる(騒乱鎮まる)
*国を造ったという大国主の神の名の所以。

 

彼らは神話に出るほぼすべての神です。
*饒速日命は天照大神、住吉神、大物主神、大国主神、他。
*御炊屋姫は豊受大神、弁財天、市杵島姫命、宗像大神、他。

彼女は宗像神(北部九州の神)でもあり、彼は住吉神。
住吉神の后は神功皇后であり、神話では北部九州で出会っている。

宗像神でもある御炊屋姫が神功皇后です。

その実、彼らは大和で出会って、共に北部九州へと移っていたのです。

 

ここからは、住吉神と神功皇后の物語。

*****************************************

 

< 大和からの移動 >

☆異類退治の為、いくつかの地域へ移動
(「気比神宮 ~神功皇后と応神天皇の伝承地~」)

☆北部九州へ移動し、異類を退治。
「祓いの神」の所以。(住吉神と瀬織津姫)

(「二つの伝承 8 ~五十猛命と甕依姫~」)
(「波折神社」)」他

’次回、この間の事を少し詳しく。

異類退治の伝承の中に、甕依姫の名があり。
これが、卑弥呼(ヒミカ)に繋がる。


☆高良大社や儺の国(那珂川)で国を治める。
☆神功皇后が亡くなり、高良山の麓の「祇園山古墳」へ埋葬。

(「祇園の神 10 ~卑弥呼の墓*祇園山古墳」)

☆饒速日命(住吉神)後に大和へ?
三輪山の神とされる。

以上、ここまで分かる時系列です。

 

*******************************************

彼らに関する場所から邪馬台国へ。

魏志倭人伝の奴国。
儺国(鬼を祓って、いない国)=神の国=やまと(邪馬台国)

 な国もやまと国も同じ意味で、同じ国。

 

彼らの治めた「儺国」が神話の元になっている。
このことから「魏志倭人伝の奴国」の統治者が彼らであり、「卑弥呼」がその一人である神功皇后(御炊屋姫)であることが分かる。

(神話の元になるくらいだから、彼らの国以外に大きな国はない)

 

儺国は那珂川。
*物部の子孫が残した「儺の国の星」の本には、那珂川に古来から伝えられてきた星の名や伝承があり、神話、習慣、祭り、言葉の由緒を解くことができる。

つまりがこの国が大元。

☆那珂川には住吉の元宮、現人神社がある。
(「 現人神社」)

(住吉は饒速日命)

彼らは祓いの神。
住吉神が生まれた場所(治めた場所?)としてここがモデルとなり、神話が作られた。

 

「神話の地」

岩戸、伊邪那岐の禊祓い、天孫の降臨の地である底津岩根。
(「神話の郷 ~高天原と神話の地~」)

神話の「真の道」「天の岩戸」「クシフル岳(櫛布留岳)」。
(「結びの山 10 ~脊振山~」)
(「結びの山 14 ~天孫降臨 前編~」)

 

*笠沙の岬のカサは、貝が口を開けたような湾、サは葦(湿地帯に生える草の総称)の古語。
葦津ヶ浦と呼ばれた筥崎宮の地のこと。

上の記事の14にある「真の道」の先にある。
神話に登場する名は、古語や当時の状況を知らないと解けないものがある。
(そのままの名で今に伝わっていないものがある)

 

神話の「黄泉の大岩」。
(「結びの山 終章 14 ~黄泉の大岩・くなどの神」)アメブロの記事

(他にもあるけど、この回はここまでに)

祓いの神の伝承に甕依姫があり、神功皇后と同神と分かる。
次回、祓いの神に関わる場所から彼女へ。

*前回も書きましたが、「奴国」の後の表記はでたらめです。
「な国」と「やまと国」(同じ神の国の意味)が別にあるように伝えています。

政治的に重要な地であったからです。

 

「儺国」は神話の元ともなる地でした。
饒速日命である住吉神の元宮「現人神社」もあります。

それはその当時、彼らがその国を治めていたことを示しています。

祇園山古墳の被葬者は「祇園の神」である神功皇后、彼女が「卑弥呼(ひみか)」です。

 

 

( つづく )

 

 

*1 神功皇后陵。

奈良には平城駅の側に神功皇后陵がある。
現在、五社神古墳。

側に住んでいたので、ここが神功皇后陵ではないとも言えない。
ここも登美の地にある。

 

 

*2 倭国騒乱(魏志倭人伝の倭国騒乱)
もしかしたら、騒乱は異類”人ではないもの”によることかも
自分には、人同士の戦いの記憶がない。

 

*3饒速日命、大和へ
*饒速日が異類を退治する→騒乱が鎮まる、か?

実際、北部九州には住吉神(饒速日命)と神功皇后(御炊屋姫)の異類退治の伝承がある。
彼らが”人でないもの”と対峙していたのは確か。

だとすれば、魏志倭人伝の「倭国騒乱」はそれにあたるのかも。
彼らが退治したから「騒乱」がおさまったと考えられる。

 

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください

2022年8月14日 (日)

立山三山周回 2 ~立山三山~別山~雷鳥沢

立山三山周回、二日目。

一ノ越山荘を7時にスタートして、再び雄山(おやま)へ。

Tateyama21

室堂が見えます。
モヤの中から上宮が現れました。

Tateyama22

人がこんなに小さい。

Tateyama23

皆でおお~っと感嘆の声をあげました。
神々しいとはまさにこのこと。

神秘的でした。

神様に会いに。
そんな雰囲気がありました。

Tateyama24

上宮。

Tateyama25

ここからの景色も最高!

Tateyama26

雪渓。

Tateyama27

立山三山の一つ、大汝山へ。

Tateyama28

雄山から25分ほどで大汝山(おおなんじやま)。
ここまで狭い岩場だったので、荷物はすぐ下にデポしました。

Tateyama29

荷物のとこまで戻ると、ゼッケンをつけた人が走ってきます。
なんと!
TJAR(トランスジャパンアルプスレース)!


富山県の早月川河口を出発して山々を繋ぎ、静岡の大浜海岸まで縦断する鉄人レースです。
総距離415キロ!
累積標高差27000m!
それを8日以内に駆け抜けます。

この方、望月さん!
周りにいた皆で応援、拍手!

望月さんは4位でゴールなさって、記録は5日間18時間37分。
凄すぎです!

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ハイテンションなまま立山三山の一つ、冨士ノ折立。

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大荷物を抱えた方が。
この方は前にレースに出てらした方野さん。
2回連続(だったか、2回出るとだったか)で出られないらしく、NHKの臨時スタッフとして撮影機材他を運んでるそう。
なんと40キロ。
凄すぎです。
足元見えないじゃないですか~!

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ツェルトや食料などすべて背負ってます。

山小屋での購入禁止、商店、コンビニなどではOKとのこと。
メットは劔に登られてきたからですね。
早月川河口~早月尾根~劔岳~別山~
と来られたようです。

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真砂岳山頂。
別山へ向かいます。
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この稜線にときめきますね~!

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雷鳥沢方面。
遠く地獄谷が見えます。

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別山(べっさん)山頂。
真砂岳から1時間ほど。
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別山は剱岳の遥拝所でもあります。

あこがれ剱岳!
ここまで見せてくれました。
剱人になりた~い!
ここから別山北峰へ。
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別山から往復30分ほどで、別山北峰。
この後、剱御前小屋へ下りていきます。

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剱御前小屋。
ここから雷鳥沢へ。
雷鳥沢からここまでのルートは、剱へ行く人達が使うルートでもあります。
剱沢のテン場にテン泊も。
いいなあ。

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雷鳥沢に下りてきました。

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雷鳥沢のテン場。 

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宿から見た上宮。

夕日に染まってます。
あんなとこによく建てましたね。
人間って凄いわあ。
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次の日、室堂へ向かいました。

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みくりが池と立山の山々。
次にここへ来るときは、剱への単独行ですね!
剱沢にテン泊して行きたいな~。

ありがとう~!立山!
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今回の記録。
ゆっくり目に歩きました。

2022年8月12日 (金)

立山三山周回 1 ~雄山上宮参拝~

アメブロで知り合った愛知の行者さんと、立山に一緒に行くことになりました。

行程は、

一日目、室堂~一ノ越~雄山~一ノ越山荘泊
二日目、一ノ越~立山三山(雄山、大汝山、冨士の折立)~別山~剱御前小屋~雷鳥沢~雷鳥沢ヒュッテ泊
三日目、室堂へ

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室堂のチングルマ。

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玉殿へ。

立山を開山した佐伯少年が、ここへ熊を追い込んだところ、阿弥陀如来と姿を変え、
「白鷹も熊も、すべてはお前に私の思いを託すため。この尊い山に多くの人が信仰をささげられるよう、お前は僧になってこの山を開きなさい」
と告げたそうです。

立山黒部アルペンルートの「立山の昔話」より
https://www.alpen-route.com/enjoy_navi/legend/legend_vol1.html

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一ノ越へ。

鞍部になる一ノ越までは、石畳の道が続きます。

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道中にある祓堂。

昔、立山に登る人はここで御祓いしました。

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一ノ越到着。

室堂からここまで1時間くらい。

一緒に行ったMさん。

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一ノ越山荘。

今日宿泊するので、荷物はデポさせてもらって、雄山に向かいます。
当初、一日目は浄土山を巡って一ノ越へ出る予定でしたが、次の日の予報があまりよくなかったので、天気がいいうちに上宮を参拝しようということになりました。

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ガレ場だらけ。

登りは赤いペイントの通り、下りは黄色いペイントの通りに。
しっかり印があるので迷うことはないです。

なんとー。
小学校へ入る前の子達も親と登ってます。

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一ノ越から1時間くらいで頂上へ。

左にあるのは社務所。
念願のTシャツとお守りも購入!

他にコーヒーなどもあります。

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上宮!
雲の上ですね。

鳥居をくぐったところで、700円お収めすると上宮前でお祓いしてくださいます。

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上宮。

御祭神、伊邪那岐神、天手力雄神。

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本来の頂上はこの岩だとか。

社を建てるため、周りのに石を敷きつめたそう。

山頂標識は右端(切れてる)

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貰いもの写真。

前日まで雨予報だったのが嘘みたいです。
全体的に薄曇りでしたが、山頂だけぽっかりと晴れてて奇跡みたいでした。

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一等三角点「雄山」。

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ワイドで撮ってくれました。

雲海~!

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なんとここで彩雲。

嬉しかったですね。
立山の神様ありがと~!

ここで一ノ越へ下ります。

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明日は、この先へ。

 

立山とは、三つの山の総称です。

頑張った人だけがたどり着ける上宮。
歩ける足があるならば、そこへ行きたい。

そこにあるもの、感じるものは全て神からの贈り物。

 

( つづく )

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