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神社

2022年8月25日 (木)

神話の神 ~世界の始まりの神~ (祇園の神 番外編)

前回の続きです。

(「祇園の神 13 ~祇園の神の八岐大蛇退治~」)

本編から少し脱線です。

筑紫での「須佐之男命」の前に、神話の神について。

神話は(途中まで)彼ら二柱の出来事を、状況、名を変えて、綴られた物語です。

彼らを祀る人たちが地方に散らばり、その土地の名の神として名を変える。
職業の神として。
自然の神として。

その名を余すことなく、別々の場面で登場させています。
また記紀から発生した彼らの名を、彼らとして社に祀ってもいます。

そうして祀られていったのが神社の御祭神。

 

造化三神、別天津神、神世七代
これらの神のほとんどは、記紀の成立と共に創られたと思われます。

祀られている宮は、物部神社。
饒速日命と御炊屋姫を祖神とする物部氏の社です。

 


< 物部神社 >

祭神の名が多くある神社は、それだけ彼らとの縁が深く、強く、近く。
二柱の真の姿を知り、伝えていることを表しています。

その中の筆頭が島根県にある石見国一之宮「物部神社」。

物部神社HP

彼らの御子、宇摩志麻遲命を主祭神としています。
ここに祀られる神(後の世の人以外)は、彼らです。

(宇摩志麻遲命さえもそうかもしれない)

 

本殿、末社、摂社に数多の神の名が連なります。
多すぎてここではすべてを書けないので、一部だけアップします。

*物部神社 御祭神

主祭神 宇摩志麻遲命(うましまじのみこと)
相殿神

 右座 饒速日命

    布津御霊神(ふつみたまのかみ)
 左座 天御中主大神(あまのみなかぬしのおおかみ)天照大神、造化三神、別天津神、

 神世七代(豊斟渟命(とよくむぬのみこと)、泥土煮命(ういじにのみこと)、大戸道命(おおとじのみこと)、面足尊(おもだるのみこと)*1

須佐之男命、国常立神、御食津神(みけつかみ)*2、イザナギ神、イザナミ神、ヒコホホデミミコト、アメノオシホホミミノミコト、稲倉魂命(うかのみたまのみこと)、大穴牟遅命(おおなむちのみこと)、事代主命、大国主命、大年神、他

境外摂社の漢女神社(からめじんじゃ)
    幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)他

境外末社に、熊野神社、石上布留神社 他

*************************************

後の世の人以外は、すべて饒速日命(天照)と后の御炊屋姫(豊受)の分霊神。

☆天照大神。
(「神の系譜 1 ~新嘗祭と天照大神と饒速日命と住吉神~」)(アメブロの記事 後にUPします)
(「神の系譜 3 ~天照は磯神*いそのかみ~」)(アメブロの記事)

☆須佐之男命。
(「祇園の神 7 ~神話の中の須佐之男命~」)

☆稲倉魂命、大年神、大穴牟遅命は大己貴神であり、大神神社の饒速日命。

☆御食津神(みけつかみ)は、大神神社の御炊社に祀られる御膳津神(みけつかみ)であり、豊受大神、宇迦之御霊を意味します。

饒速日命の后の御炊屋姫でした。
(「御炊屋姫を追って 9 ~御炊社*大神神社の豊受大神~」)

☆国常立神
(「神の系譜 2 ~伊勢の神は磯良神*日月の神~」)(アメブロの記事)

 

☆大国主神
(「大国主神の幸魂奇魂」)
(「神の系譜 4 ~月読神の十種神宝~」)(アメブロの記事)


☆境外末社に、熊野神社、石上布留神社などもあります。
熊野大社の神は彼ら二柱。
*1の神世七代の四柱は熊野那智大社にも祀られています。
(「祇園の神 8 ~熊野三社の神~」)

☆石上神宮の布留神は饒速日命。
(「神の系譜 3 ~天照は磯神*いそのかみ~」(アメブロの記事)

☆境外摂社の漢女神社(からめじんじゃ)には、

𣑥幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の名があります。
市杵島姫命は宗像大神、*2の御膳津神と同じ、豊受大神、宇迦之御霊、弁天様であり、御炊屋姫です。

(「御炊屋姫を追って 2 ~櫛玉比女命神社・弁財天~」)



𣑥幡千々姫命について。(wiki 𣑥幡千々姫命 )

彼女の系譜は伝承によりあいまいです。
高皇産霊神(高木神)の娘
思兼命の妹
高皇産霊神の孫

天照大神の子の天忍穂耳尊の后で天火明命とニニギノミコトを産んだともされます。

このあいまいさは、彼らが同神であるからです。
神話の続柄はすべてあてにはなりません。

天照が住吉神であり饒速日命(高良神、鹿島神、春日神、武御雷神、志賀神、他と同神)。
豊受大神が御膳津神であり宇迦之御霊、弁財天である御炊屋姫であり、市杵島姫命である宗像大神。

それだけでも神話の続柄通りではないことが分かります。

 

*大国主神の和魂が大物主神であったりと、同神を示唆してもいます。
*豊受大神は伊勢の外宮に祀られながら日本書紀には名がありません。
*豊受大神が宇迦之御霊(同じ御膳津神)ならば、稲荷神であり、須佐之男命の御子です。
しかし、古事記では豊受大神はイザナミ神から生まれた和久産巣日神(わくむすびのかみ)の子とされています。

日本神話の神々にはこのような矛盾が数多あります。
すべての神が、彼ら二柱に集約されるからです。

*記紀の中の「○○と言われている」はその通りのことが多いです。
(日本書紀の「神功皇后は中国の文献では卑弥呼とされている」は、同神であることを示唆している。)

 

世界の始まりの神。
これらはそのほとんどが創作であり、その中に「天御中主神」など彼らの別名(分霊)を入れ込んでいます。
しかし、創作であった神も人の祈りにより神になります。

<神は人の祈りが無ければ神にあらず>

前に聞こえたのですが、人の祈りは神の力となるほど大きいのです。

 

 

須佐之男命は祇園の神でありました。
祇園祭の神は、住吉神と神功皇后であり、彼が須佐之男命でもあります。
彼らは実在していた饒速日命と御炊屋姫。

言い換えれば、「須佐之男命」は実在していたのです。
イザナギ神とイザナミ神以降は、彼らの物語を基にしています。

それを余すことなく、各地の彼らの分霊神も取り込んで鮮やかな物語に織り上げた日本神話。

 

基となった真実の物語を知ると、複雑で見事なその手腕に目を見張ることでしょう。
彼らの生きた証をしっかりと伝えている日本神話。

須佐之男命・・・母のイザナミ神を失った彼は、高天原で災厄となります。

Kujyu

(くじゅう 坊がつる 天の川*テン泊縦走した!)


物部神社の御祭神、宇摩志麻遲命には天の川の意味があります。
<銀河(天の川)をうましのみちと呼んだ>と真鍋大覚氏の「儺の国の星」。
星の神であり、饒速日命の布留神*と同じ意味です。
*(布留は隕鉄=隕石でできた剣=星神。布留御霊は宇宙の色)
*真鍋氏は物部の末裔(先祖が鹿島神宮の神官=鹿島の神も饒速日命)

御子なのか同神なのか。

神となれば混ざりあって、どっちでもあるのかもしれませんね。  

 

 

( つづく )

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

2022年8月17日 (水)

祇園の神 12 ~後編 卑弥呼は神功皇后 ~

前回の続き。

(「祇園の神 11 ~前編 卑弥呼は神功皇后~」)

 高良山の麓にある「祇園山古墳」

*墓の築造が(早くて)三世紀。
*魏志倭人伝の卑弥呼の墓の状況(殉葬者など)と極めて近い。
*高良神(住吉神)の后は神功皇后。
*二柱とも「祇園の神」。
*彼は饒速日命、彼女は御炊屋姫であり、宗像姫。
*被葬者は彼女の可能性が高い。
*墓に眠るのが彼女なら、魏志倭人伝の「卑弥呼」と同時期に筑紫に存在したことになる。
*神功皇后(御炊屋姫)は筑紫の伝承の甕依姫(かめよりひめ)。

 

本来の名がひみかではないか。
後の世に、その名から”みか”を含む名が出来た。

『御炊屋姫(みかしきやひめ・みかしやひめ)、甕依姫の名も後の人が付けた名』

当時の名が半島に伝わり、それがそのまま記録として残っていると断言できます。

彼女こそ卑弥呼。
三世紀ならば、被葬者が活躍していたのはAD200年頃です。

「彼ら」が生きたのも、その時代。

 

ここまでで考えられる彼らの出来事を、時系列にまとめてみました。

 

☆< 大和 >

☆御炊屋姫、奈良の登美地方で生まれる。
彼女は登美夜毘売(とみやびめ)でもあり、登美族の者。
(登美は奈良の北西部か。下記の左上。緑の線の内側)

Narako04_20220817034401

図1  地図はYAMAP

2の場所が矢田丘陵
(「饒速日命を求めて ⑥ ~矢田坐久志玉比古神社~」)

3が神功皇后の御陵さん。ここも登美*1
その頃の奈良盆地には巨大な奈良湖があった。

Narako01
図2(古代奈良湖)

出典は「古代で遊ぼ」

 http://www.ne.jp/asahi/woodsorrel/kodai/edo/index.html

(サイトご覧下さい!当時の様子が見事に再現!)

 

☆同時期、あちこちで異類出没。 *2
(「古代奈良の夢 ~前世 ④~」)←自分が見た前世の記憶から。ここは参考程度に。 

魏志倭人伝にある倭国騒乱。(AD200年より少し前)
 奈良湖の水が増え、作物が採れなくなったため。

(もしかすると、「倭国騒乱」は異類が出没していたことか)*2

☆饒速日命、北部九州から大和へと移動。
御炊屋姫と出会い、夫婦となる。*3

☆饒速日命達が奈良湖の水を引く。
(「饒速日命を求めて ⑨ ~天ノ鳥船の時代 後編~」)

上記サイト(古代で遊ぼ)に描かれてあったことから繋がります。

山体崩壊した亀瀬岩(奈良盆地の西)の辺りを開削し、奈良湖の水を引く。
図2の左端の真ん中(大和側川床開削)とある場所。

Narako02

図3(画像は「古代で遊ぼ」)
図2の「大和川川底開削のあたりのアップ」

周辺にある奈良の神社から、奈良湖の水を引いたのが大物主神と分かる。
大物主神=大神神社の神=饒速日命

(「古代奈良湖と裂田溝 ② ~三輪のヘビは竜~」)

このことが「海の満ち引きを操る珠(月神の所以)」である干珠満珠の伝承になる。
(以下の神、該当神社に祀られているのは全て同神。上記の記事に詳細)

*大物主神(饒速日命・十種神宝)、天照大神、豊受大神、山幸彦。豊玉彦豊玉姫、他。
*浦島太郎の伝承にもなる。

☆湿地帯となった所で、稲を栽培できるようになる(騒乱鎮まる)
*国を造ったという大国主の神の名の所以。

 

彼らは神話に出るほぼすべての神です。
*饒速日命は天照大神、住吉神、大物主神、大国主神、他。
*御炊屋姫は豊受大神、弁財天、市杵島姫命、宗像大神、他。

彼女は宗像神(北部九州の神)でもあり、彼は住吉神。
住吉神の后は神功皇后であり、神話では北部九州で出会っている。

宗像神でもある御炊屋姫が神功皇后です。

その実、彼らは大和で出会って、共に北部九州へと移っていたのです。

 

ここからは、住吉神と神功皇后の物語。

*****************************************

 

< 大和からの移動 >

☆異類退治の為、いくつかの地域へ移動
(「気比神宮 ~神功皇后と応神天皇の伝承地~」)

☆北部九州へ移動し、異類を退治。
「祓いの神」の所以。(住吉神と瀬織津姫)

(「二つの伝承 8 ~五十猛命と甕依姫~」)
(「波折神社」)」他

’次回、この間の事を少し詳しく。

異類退治の伝承の中に、甕依姫の名があり。
これが、卑弥呼(ヒミカ)に繋がる。


☆高良大社や儺の国(那珂川)で国を治める。
☆神功皇后が亡くなり、高良山の麓の「祇園山古墳」へ埋葬。

(「祇園の神 10 ~卑弥呼の墓*祇園山古墳」)

☆饒速日命(住吉神)後に大和へ?
三輪山の神とされる。

以上、ここまで分かる時系列です。

 

*******************************************

彼らに関する場所から邪馬台国へ。

魏志倭人伝の奴国。
儺国(鬼を祓って、いない国)=神の国=やまと(邪馬台国)

 な国もやまと国も同じ意味で、同じ国。

 

彼らの治めた「儺国」が神話の元になっている。
このことから「魏志倭人伝の奴国」の統治者が彼らであり、「卑弥呼」がその一人である神功皇后(御炊屋姫)であることが分かる。

(神話の元になるくらいだから、彼らの国以外に大きな国はない)

 

儺国は那珂川。
*物部の子孫が残した「儺の国の星」の本には、那珂川に古来から伝えられてきた星の名や伝承があり、神話、習慣、祭り、言葉の由緒を解くことができる。

つまりがこの国が大元。

☆那珂川には住吉の元宮、現人神社がある。
(「 現人神社」)

(住吉は饒速日命)

彼らは祓いの神。
住吉神が生まれた場所(治めた場所?)としてここがモデルとなり、神話が作られた。

 

「神話の地」

岩戸、伊邪那岐の禊祓い、天孫の降臨の地である底津岩根。
(「神話の郷 ~高天原と神話の地~」)

神話の「真の道」「天の岩戸」「クシフル岳(櫛布留岳)」。
(「結びの山 10 ~脊振山~」)
(「結びの山 14 ~天孫降臨 前編~」)

 

*笠沙の岬のカサは、貝が口を開けたような湾、サは葦(湿地帯に生える草の総称)の古語。
葦津ヶ浦と呼ばれた筥崎宮の地のこと。

上の記事の14にある「真の道」の先にある。
神話に登場する名は、古語や当時の状況を知らないと解けないものがある。
(そのままの名で今に伝わっていないものがある)

 

神話の「黄泉の大岩」。
(「結びの山 終章 14 ~黄泉の大岩・くなどの神」)アメブロの記事

(他にもあるけど、この回はここまでに)

祓いの神の伝承に甕依姫があり、神功皇后と同神と分かる。
次回、祓いの神に関わる場所から彼女へ。

*前回も書きましたが、「奴国」の後の表記はでたらめです。
「な国」と「やまと国」(同じ神の国の意味)が別にあるように伝えています。

政治的に重要な地であったからです。

 

「儺国」は神話の元ともなる地でした。
饒速日命である住吉神の元宮「現人神社」もあります。

それはその当時、彼らがその国を治めていたことを示しています。

祇園山古墳の被葬者は「祇園の神」である神功皇后、彼女が「卑弥呼(ひみか)」です。

 

 

( つづく )

 

 

*1 神功皇后陵。

奈良には平城駅の側に神功皇后陵がある。
現在、五社神古墳。

側に住んでいたので、ここが神功皇后陵ではないとも言えない。
ここも登美の地にある。

 

 

*2 倭国騒乱(魏志倭人伝の倭国騒乱)
もしかしたら、騒乱は異類”人ではないもの”によることかも
自分には、人同士の戦いの記憶がない。

 

*3饒速日命、大和へ
*饒速日が異類を退治する→騒乱が鎮まる、か?

実際、北部九州には住吉神(饒速日命)と神功皇后(御炊屋姫)の異類退治の伝承がある。
彼らが”人でないもの”と対峙していたのは確か。

だとすれば、魏志倭人伝の「倭国騒乱」はそれにあたるのかも。
彼らが退治したから「騒乱」がおさまったと考えられる。

 

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください

2022年8月14日 (日)

立山三山周回 2 ~立山三山~別山~雷鳥沢

立山三山周回、二日目。

一ノ越山荘を7時にスタートして、再び雄山(おやま)へ。

Tateyama21

室堂が見えます。
モヤの中から上宮が現れました。

Tateyama22

人がこんなに小さい。

Tateyama23

皆でおお~っと感嘆の声をあげました。
神々しいとはまさにこのこと。

神秘的でした。

神様に会いに。
そんな雰囲気がありました。

Tateyama24

上宮。

Tateyama25

ここからの景色も最高!

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雪渓。

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立山三山の一つ、大汝山へ。

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雄山から25分ほどで大汝山(おおなんじやま)。
ここまで狭い岩場だったので、荷物はすぐ下にデポしました。

Tateyama29

荷物のとこまで戻ると、ゼッケンをつけた人が走ってきます。
なんと!
TJAR(トランスジャパンアルプスレース)!


富山県の早月川河口を出発して山々を繋ぎ、静岡の大浜海岸まで縦断する鉄人レースです。
総距離415キロ!
累積標高差27000m!
それを8日以内に駆け抜けます。

この方、望月さん!
周りにいた皆で応援、拍手!

望月さんは4位でゴールなさって、記録は5日間18時間37分。
凄すぎです!

Tateyama30

ハイテンションなまま立山三山の一つ、冨士ノ折立。

Tateyama31

大荷物を抱えた方が。
この方は前にレースに出てらした方野さん。
2回連続(だったか、2回出るとだったか)で出られないらしく、NHKの臨時スタッフとして撮影機材他を運んでるそう。
なんと40キロ。
凄すぎです。
足元見えないじゃないですか~!

Tateyama32

ツェルトや食料などすべて背負ってます。

山小屋での購入禁止、商店、コンビニなどではOKとのこと。
メットは劔に登られてきたからですね。
早月川河口~早月尾根~劔岳~別山~
と来られたようです。

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真砂岳山頂。
別山へ向かいます。
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Tateyama34

この稜線にときめきますね~!

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雷鳥沢方面。
遠く地獄谷が見えます。

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別山(べっさん)山頂。
真砂岳から1時間ほど。
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別山は剱岳の遥拝所でもあります。

あこがれ剱岳!
ここまで見せてくれました。
剱人になりた~い!
ここから別山北峰へ。
Tateyama39

別山から往復30分ほどで、別山北峰。
この後、剱御前小屋へ下りていきます。

Tateyama40

剱御前小屋。
ここから雷鳥沢へ。
雷鳥沢からここまでのルートは、剱へ行く人達が使うルートでもあります。
剱沢のテン場にテン泊も。
いいなあ。

Tateyama41

雷鳥沢に下りてきました。

Tateyama42

雷鳥沢のテン場。 

Tateyama43

宿から見た上宮。

夕日に染まってます。
あんなとこによく建てましたね。
人間って凄いわあ。
Tateyama44

次の日、室堂へ向かいました。

Tateyama45
みくりが池と立山の山々。
次にここへ来るときは、剱への単独行ですね!
剱沢にテン泊して行きたいな~。

ありがとう~!立山!
Screenshot_202208142323402
今回の記録。
ゆっくり目に歩きました。

2022年8月12日 (金)

立山三山周回 1 ~雄山上宮参拝~

アメブロで知り合った愛知の行者さんと、立山に一緒に行くことになりました。

行程は、

一日目、室堂~一ノ越~雄山~一ノ越山荘泊
二日目、一ノ越~立山三山(雄山、大汝山、冨士の折立)~別山~剱御前小屋~雷鳥沢~雷鳥沢ヒュッテ泊
三日目、室堂へ

20220806104232_img_3103_20220812114101

室堂のチングルマ。

20220806110300_img_3105

玉殿へ。

立山を開山した佐伯少年が、ここへ熊を追い込んだところ、阿弥陀如来と姿を変え、
「白鷹も熊も、すべてはお前に私の思いを託すため。この尊い山に多くの人が信仰をささげられるよう、お前は僧になってこの山を開きなさい」
と告げたそうです。

立山黒部アルペンルートの「立山の昔話」より
https://www.alpen-route.com/enjoy_navi/legend/legend_vol1.html

20220806112526_img_3119

一ノ越へ。

鞍部になる一ノ越までは、石畳の道が続きます。

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道中にある祓堂。

昔、立山に登る人はここで御祓いしました。

20220806121520_img_3130

一ノ越到着。

室堂からここまで1時間くらい。

一緒に行ったMさん。

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一ノ越山荘。

今日宿泊するので、荷物はデポさせてもらって、雄山に向かいます。
当初、一日目は浄土山を巡って一ノ越へ出る予定でしたが、次の日の予報があまりよくなかったので、天気がいいうちに上宮を参拝しようということになりました。

20220806122537_img_3134

ガレ場だらけ。

登りは赤いペイントの通り、下りは黄色いペイントの通りに。
しっかり印があるので迷うことはないです。

なんとー。
小学校へ入る前の子達も親と登ってます。

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一ノ越から1時間くらいで頂上へ。

左にあるのは社務所。
念願のTシャツとお守りも購入!

他にコーヒーなどもあります。

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上宮!
雲の上ですね。

鳥居をくぐったところで、700円お収めすると上宮前でお祓いしてくださいます。

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上宮。

御祭神、伊邪那岐神、天手力雄神。

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本来の頂上はこの岩だとか。

社を建てるため、周りのに石を敷きつめたそう。

山頂標識は右端(切れてる)

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貰いもの写真。

前日まで雨予報だったのが嘘みたいです。
全体的に薄曇りでしたが、山頂だけぽっかりと晴れてて奇跡みたいでした。

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一等三角点「雄山」。

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ワイドで撮ってくれました。

雲海~!

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なんとここで彩雲。

嬉しかったですね。
立山の神様ありがと~!

ここで一ノ越へ下ります。

20220806135036_img_3206

明日は、この先へ。

 

立山とは、三つの山の総称です。

頑張った人だけがたどり着ける上宮。
歩ける足があるならば、そこへ行きたい。

そこにあるもの、感じるものは全て神からの贈り物。

 

( つづく )

2022年8月 1日 (月)

祇園の神 11 ~前編 卑弥呼は神功皇后~

前回の続きです。

(「祇園山古墳 11 ~前編 卑弥呼は神功皇后~」)

 

高良山の麓、祇園山古墳は卑弥呼の墓の候補地にされています。
ここに眠る彼女は卑弥呼?

Gion10_20220801092501

(祇園山古墳*石棺)

ここは高良神の御許。
彼には后がおられました。
ならば、その者がここに眠る者です。

夫婦であるならば、側で眠らせたい。
眠りたい。
そう思うもの。

一番自然で、確かな理由です。(*1 下記補足)

 

その高良神は住吉神。
后は神功皇后です。(高良玉垂宮神秘書)
北部九州へと移っている彼女。
神話ではそこで住吉神と出会います。

高良の神は饒速日命でもあります。
彼の后は御炊屋姫です。

彼女は弁天様であり、市杵島姫命。
宗像神であり、北部九州の神です。
彼らは大和で出会い、共に北部九州へと移っているのです。

その後の物語が、「神功皇后」の伝承。
彼が住吉神なのですから。

 

ならば、ここに眠るのは彼女?
彼女は卑弥呼?

 

*以下、以前の記事と重なりますが、検証していきます。

☆1 古墳の名「祇園山」の名に関連がある。
☆2 高良神の夫婦神が被葬者。
☆3 卑弥呼との関連は?
☆4 墓に眠るのは古墳ができた3世紀頃の人物。

彼らの時代は?(これは次回)

 

< 祇園山の被葬者 >☆1と☆2

高良大社の御祭神、高良玉垂神は住吉神です。
高良の伝承、神職さんからも直接お聞きしました。

伝承では高良神(住吉)には夫婦神がおられます。
それが神功皇后。

大阪住吉大社の伝承でも、二人は夫婦です。


彼、高良神(住吉神)は饒速日命でもあります。
高良は物部の祖神を祀る宮であるからです。

彼だからこそ、祇園の神である須佐之男命に繋がります。

高良神=饒速日命=須佐之男命=祇園の神
(「祇園の神 7 ~神話の中の須佐之男命~」)(*2 下記補足)

 

饒速日命には后がいました。
御炊屋姫です。

高良神が饒速日命ならば、神功皇后が御炊屋姫ということになります。

御炊屋姫=神功皇后

 (「祇園の神 2 ~前編 祇園の神は住吉神(磯良神)~」)

では、祇園山に眠るのは、神功皇后。


< 高良神と神功皇后と卑弥呼 >☆2☆3

彼女の名の一つ、豊姫から「祓いの神」であった彼らの姿が浮かび上がります。

その伝承の中に「卑弥呼」に繋がるものがありました。

彼を祀る高良大社の本殿には豊比咩・とよひめ(豊玉姫)が共に祀られています。
同じ本殿に祀られている者が夫婦神です。(*3 下記補足)

高良神の后は神功皇后でした。

 

神功皇后=豊姫(高良大社の本殿)

神の鉾 5 ~月神の二つの珠と十種神宝~」)

 

*饒速日命の后、御炊屋姫は豊受大神です。
神功皇后=豊姫=御炊屋姫=豊受大神にも繋がる。

高良神が饒速日命(天照)であることの理由にもなります。

(「御炊屋姫を追って ⑫ ~天照大神と豊受大神~」)

 

豊姫は豊日別であり、神功皇后を示します。
(今の区分)豊国である、豊前豊後の一之宮の御祭神が神功皇后。
白日別(筑紫の国魂)は高良大社の神である饒速日命。

 

ここから「筑紫島四つの面」の一つ「建日別」は彼らが対峙していた「イルヰ(異類)」である白羽熊鷲だと分かりました。

(「筑紫島四つの面」 3 ~建日別・熊襲の正体~」)

彼らは異類を退治していたのです。
「祓いの神」とされた理由です。

 

<祓いの神>☆3

彼らは主に北部九州で「イルヰ(異類)」を退治しています。
上の記事の羽白熊鷲もその一つです。

これらの伝承の神は名を変えていますが、全て彼らです。

状況、場所が同じでした。

 

☆渡半島

*楯崎神社

大己貴神と宗像神が異類を退治。
その後神功皇后が三韓征伐の折りに、戦勝を祈願。

*波折神社
住吉神と志賀大神、瀬織津姫、神功皇后が三韓征伐の凱旋の折りに邂逅

 

この二つの神社の伝承は同じものであり、彼らは同神。

大己貴神=住吉神=志賀大神
*宗像神=瀬織津姫=神功皇后

(「波折神社)

(「祓いの神 9 ~波折神社*瀬織津姫と住吉神」)アメブロ

*近くの社でありながら、異なる神、状況。
彼らは意図的に変えられているのです。


☆ 荒穂神社と筑紫神社の伝承(筑後国風土記)と大根地山の神功皇后。

*筑後国風土記
筑紫神(白日別・高良神)と甕依姫がそれぞれ「命尽くし神」を退治。(*4 下記補足)
場所はシタクラツクシ坂。

*大根地山(冷水峠)
神功皇后がイルヰ(異類)を退治。

 

それら伝承の場所(シタクラツクシ坂と冷水峠)は同じであり、同じ伝承。

彼らは同じ神。
(「二つの伝承 7 ~冷水峠~」)
(「二つの伝承 8 ~五十猛神と甕依姫~」)

*荒穂神社の五十猛命と高良神は同神。

(「二つの伝承 2 ~荒穂神社*佐賀県三養基郡~」)

 

渡半島と筑後国風土記(筑紫神社と荒穂神社)、大根地山の冷水峠。
これらは彼らの「異類退治」の物語でした。

そこに関わる神はすべて同神です。

 

ここに甕依姫の名がありました。
彼女も神功皇后です。

*神功皇后=甕依姫

(高良神=筑紫神=五十猛命)

 

 

< 繋がる神 >☆3

以上の事から、彼らは神話や祝詞にある「祓いの神」だと分かりました。
住吉神と瀬織津姫です。

彼らが祓いの神であるのは、「イルヰ・異類退治」退治していたから。

 

住吉神は高良神でした。
瀬織津姫が神功皇后です。

(「神の系譜 5 ~祓いの神・住吉神~」)

筑後国風土記に甕依姫(みかよりひめ)の名があります。
高良神、神功皇后の伝承と重なるので、彼女が神功皇后です。

 

彼が饒速日命であるからこそ、繋がる名があります。
彼は別名、櫛甕玉饒速日命(櫛甕玉彦)。

彼女は対となる名の櫛甕玉姫(くしみかたまひめ)です。
「依」は玉依。

神の魂の依り代(巫女)の意味があり、甕依姫の名はそれを示唆しています。

 

また「甕」は神への供物を入れる器=巫女
日の神に仕える巫女の意味で、日甕(ひみか)。

 

*おそらく、考え方としては逆。
彼女が「ひみか」であったので、”後の世で”みかの名が彼女を表すものになったのです。

 

甕依姫(みかよりひめ)、御炊屋姫(みかしやひめ)
これらは、彼女の名を元にしたもの。

本来の名は、「ひみか」です。

卑弥呼とは、ひみか。
魏志倭人伝の卑弥呼は彼女の事です。

 

*魏志倭人伝の「夫はいない」「場所」それらは変えられて伝えられてます。
神功皇后には神話では夫はありません(仲哀天皇と死別の後)

しかし、彼女の夫は住吉神。
彼が饒速日命ならば、大和から夫婦です。

仲哀天皇の話自体、創作です。
彼女の身重の期間がでたらめなのはその為。

そこには住吉神や武内宿禰が夫であるかなような表記もあります。

 

*「奴国」の後の表記が曖昧です。
奴国が政治的に重要な地であったため、ごまかしているのです。

奴国は、儺国。
儺・なは、完全な、鬼がいない=神の国を表します。

祓いの神であった彼らの国です。

 

な・ら(奈良)は、彼らのもう一つの国を表します。
彼らはその両方におられた神であるからです。

な国もならも「神の国」やまとを意味します。

 

高良神は饒速日命。
彼の后は御炊屋姫。
彼女は豊受大神、弁財天であり、市杵島姫命(宗像姫)。

宗像神は北部九州の神。

(「御炊屋姫を追って 11 ~廣瀬と弁財天と女神の天照~」)

卑弥呼はひみか。
御炊屋姫・みかしやひめの名にありました。

 

では、

*祇園の神
*高良神の后
*甕依姫(祓いの神の由来の伝承の名の一つ)

これらと繋がる神功皇后、饒速日命の后の御炊屋姫が卑弥呼であると言えます。

彼女が「卑弥呼」であり、祇園の墓の築造が三世紀とされるなら、彼らもその時代。

 

次回、多分、時代の流れ。

 

 

( つづく )

 

 

*1 について

おそらく、后が先に無くなっている。
高良大社の奥宮は「武内宿禰(高良神)の廟」とされるが、古墳などはない。
彼はこちら(福岡)に埋葬されてないのかもしれない。(ならば、大和の三輪山か)

彼が先ならば、后もそちらに眠るはず。
高良の伝承には、神功皇后が亡くなった後、高良の神達は高良山を降りたとあります。

行方は不明。
この真偽は分かりません。

 

*2 須佐之男命  

当初、「祇園の神 7」の記事までは、彼の父としての須佐之男命も表してるのじゃないか?と思っていました。
しかし神話は、彼ら二柱のみを繰り返し登場させていたものでした。

須佐之男命=100%饒速日命です。

 

*3 高良神と豊姫

高良玉垂宮神秘書には彼らについてこうあります。

*表筒男神=玄孫大臣物部の大連(豊姫と夫婦)
*中筒男神=神武天皇
*底筒男神=高良大菩薩、物部保連、藤大臣(神功皇后と夫婦)

この三柱は同神であるから、神功皇后と豊姫も同神。

 (「神の鉾 5 ~月神の二つの珠と十種神宝」)

 

*4 筑紫神と命尽くし神

退治した者(筑紫神、筑紫の国魂(高良神)、住吉神、白日別、饒速日命)が、退治された者(命尽くし神、白羽熊襲、イルヰ、異類)の名になる。

封印でもある。

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

2022年7月19日 (火)

祇園の神 10 ~卑弥呼の墓*祇園山古墳~

前回の続きです。

高良山の麓にある「祇園山古墳」。
卑弥呼の墓の候補地の一つです。

(この回は前にも記事にしたので、ほぼ同じ内容です)

その理由は

*卑弥呼の時代と重なる
*魏志倭人伝に記載されている「殉葬者100人」に迫る60体が側に埋葬されている
*該当する墓は盗掘されているものの、側の墓からは鏡等が出土など

(鏡は高良大社の宝物殿にある)

(下記HPを参照しました。詳しくはこのHPで)
http://wwr2.ucom.ne.jp/hetoyc15/kodaisi/himikotyou/himiko3horon.htm 

 高良山へ続く道を横切る、高速の高架をくぐるとすぐ右(南)へ。

Gion01_20220718101401

Gion02_20220718101401
この上が古墳。

Screenshot_202207191133562

隣に高速が走っています。
何割かは削られましたが、土地の方のご尽力によって大部分が残されることになりました。

Screenshot_202207191134112

(クリックすると拡大されます)
祇園山古墳測量図。
案内板、綺麗になってる!ありがとうございます!

古墳の周りには60体以上、同時期に埋葬されていると推定されてます。
その中には「刺し違え」も二組ほど見受けられるとありました。


その言葉だけで、胸に迫るものがあります。
奈良の箸墓古墳も卑弥呼の墓の候補地となっていますが、殉葬者はいません。

Gion05

頂上には吹きさらしの石棺が一つ。


見えてる部分は、縦1.5m、横0.6mくらいでしょうか。
台形(四角錘台)になっており、底の方が広いそうです。

どなたかが置かれた花がありました。
この地は古くは高良大社の関係者の邸宅があり、聖なる土地だと大切にされてきました。

その為か、途方もない時を経ているからか、ここはとても居心地がいいです。

Gion06_20220718101501

眺めがいい地を「占地」といい、地位の高い者が埋葬されています。
奥に見えるのは、脊振山系。
その向こうが那珂川市。

現人神社(住吉神の元宮)がある儺の国(奴国)です。

Gion07

礎石部分。

Gion08

Gion09_20220718101601
(地図はYAMAP)
★1 高良大社 

★2 高良大社下宮 (前回の記事)「祇園さん」

★3 祇園山古墳

 

高良大社のある高良山の麓の「祇園山古墳」。
それが卑弥呼の墓の候補地にされている。

ここに眠っている彼女は、高良の神にとって大切な人であったのです。
だからこそ、ここに在るのです。

 

「祇園山古墳」に眠る埋葬者。
祇園の神は、”彼ら”です。

 

 

( つづく )

 

 (ココログ2019/10/15の記事改定)

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください

 

2022年7月12日 (火)

祇園の神 9 ~高良大社の祇園の神~

前回の続きです。

(「祇園の神 8 ~熊野三社の神~」)

饒速日命は、祇園の神である須佐之男命でもありました。
彼は、福岡の高良大社の神でもあります。

(「神の系譜 2 ~伊勢の神は磯良神・日月の神~」)アメブロのブログ

福岡県久留米市の筑後国一之宮、高良大社。
物部氏が祖神、饒速日命を祀った宮です。

Koura_20220712132501

ここに「祇園の神」にまつわるものがありました。
高良大社がある高良さんの麓の下社。

ここは「祇園さん」と呼ばれています。

Koura01

主祭神は高良玉垂神。

Koura02_20220712133401

真ん中に高良玉垂命。
左が祇園社、素戔嗚尊。
右が幸神社、履中天皇。

Koura03

 

Koura04

ここに「祇園さん」があるから、そう呼ばれているとのことです。

Koura05

本殿に高良玉垂命。

Koura06

向って右にある幸神社。

Koura07

左にある祇園社。

高良玉垂命は、住吉神です。
住吉神は祇園祭の主役の神でもありました。*1

ここが「祇園さん」と呼ばれるのはそれを示しています。

 

しかし、祇園さんは須佐之男命です。
彼もまた、饒速日命と同神でした。

 祇園神(須佐之男命)=住吉神=高良神=饒速日命

同じ境内にある社や摂社などは、後の人物を除いて同神です。
故にここに祀られているのです。

この社を守ってきたのは、高良の神の御許でかの神を拝する方々。
違う神ならば、主祭神を差し置いて「祇園さん」とは呼ばないでしょう。

この社の主役は高良の神なのです。

 

いつかの時代まで、知られていたのです。
彼が祇園の神であることを。

または、知ってる誰かが、「祇園さん」と呼び始めたのです。

Koura08

粟島神社。
御祭神の名にありませんが、他の粟島神社には少彦名命(すくなひこなのみこと)が祀られます。

少彦名命は大国主神と共に、国を造った神。
高良玉垂命は、大国主神だとたどり着いています。

彼が饒速日命であり、大神神社の大物主神であり、大国主と同神です。
(饒速日命の十種神宝は、大国主神の幸魂奇魂でもある)

(「神の系譜 4 ~月読神の十種神宝~」)アメブロのブログ

 

少彦名命は、彼自身を表してるのか、他の協力者か。
それは分かりませんが、高良神が大国主神だからこそ、ここに祀られるのです。

ここが祇園さんと呼ばれるのは、高良神が饒速日命であり、須佐之男命である祇園の神であるからです。
今までそう呼んできて疑問に思ってた方々は、必ず腑に落ちるはずです。

違和感は、答えが自分の中にあるものです。


高良山の麓には、もう一つ、重大な「祇園の神」に繋がるものがありました。
それが彼らに繋がります。

 

 

( つづく )

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください



2022年7月 2日 (土)

竹生島の弁天様 ~宇賀神を乗せた弁天様~

前回の記事。

(「祇園の神 8 ~熊野神社の神~」)

ちょっと脱線です。
前の記事と被る所が少しあります。

 

(「祇園の神 7 ~神話の中の須佐之男命~」)(アメブロの方で)
で、あみさんがコメントをくださいました。

ありがとうございます!
そこから繋がったことをUPします。

琵琶湖にある竹生島には、頭に宇賀神を乗せた弁天様の像がおられます。
しかも宇賀神は、体が蛇で顔が翁。

これは弁天様と宇賀神が夫婦であるからです。
また、弁天様も宇賀神でもあります。

宇賀神、宇迦之御霊、稲荷神は同一神であり、男女二柱の神。

(それぞれ二柱おられる)


<女神の宇賀神>

前回も御膳神(みけつかみ)に触れました。
豊受大神のことであり、宇迦之御霊を表します。

御膳神(みけつかみ)=豊受大神=宇迦之御霊=宇賀神=稲荷神


この御膳神(豊受大神)は、大神神社の御炊社(みかしぎしゃ)に祀られます。

大神神社の大物主神は饒速日命。
彼の后である御炊屋姫の名は、それを示していたのです。

(「御炊屋姫を追って ⓽ ~御炊社*大神神社の豊受大神~」)

 

その御炊屋姫は弁天様として祀られています。
弁天様は市杵島姫命(いつきしまひめ・宗像大神)と習合。

つまり、御炊屋姫=弁天様=市杵島姫命。

(「御炊屋姫を追って ② ~櫛玉比女神社*弁財天~」)

(「御炊屋姫を追って ⑦ ~村屋座彌冨津比賣神社~」)

(「御炊屋姫を追って ⑧ ~物部の祖神と弁財天~」)

 

彼女が豊受大神(御膳神=宇賀神)であるので、

弁天様=市杵島姫命(宗像大神)=御炊屋姫=御膳神=豊受大神=稲荷神=宇迦之御霊=宇賀神
となるわけです。

 

弁天様は島や弁天池の中の島に祀られます。
習合されている市杵島姫命が、斎き島姫であり、島を斎き(祀る)者を意味するからです。

古語で、島は星と同義語。
星の神を祀る者を意味していました。


神社にはこのように、「示唆」するものが多くあります。
社の形であったり、境内の石の由来(飛んできた等)。

それを見つけるのも面白いです。

 

< 蛇の姿の宇賀神 >

弁天様は宇賀神であり、饒速日命の后の御炊屋姫でした。
饒速日命は大歳神であり、宇迦之御霊、稲荷神であり、宇賀神でもあります。

御炊屋姫が弁財天(女神の宇賀神)。
饒速日命が宇賀神。

彼は大神神社に祀られる大物主神です。
宇賀神の体が蛇であるのは、大物主神が蛇神とされているからです。

*御炊屋姫が弁天様であり、豊受大神に繋がるので、大物主神(天照)は彼に間違いありません。
(「古代*奈良湖と裂田溝 ② ~三輪のヘビは竜~」)

宇賀神の顔が翁であるのは、住吉大社の主祭神として祀られる塩土老翁が、住吉の神や饒速日命と同一神であるからです。*1
(「古代史の謎」 3 ~饒速日命は住吉大神~」)

彼ら以外ではこの組み合わせになりません。

竹生島の宇賀神を乗せた弁財天は、彼らを示しているのです。
(夫婦神は共に祀られるという証でもあります)


<天河弁財天>

天河弁財天の神は、伊勢の内宮から勧請されています。
内宮の荒魂宮の瀬織津姫であり、豊受大神です。

弁財天が彼女であることは、勧請した彼ら(天武天皇、役行者)はご存じのはず。

饒速日命(天照)の后の御炊屋姫の名は、豊受大神、瀬織津姫の名も意味します。
(「御炊屋姫と瀬織津姫の名の意味 ~「儺の国の星」の炊屋星~」)

 

宇賀神(男神)は、蛇神である三輪山の大物主神(住吉神)*男神・天照

弁天様はその神と夫婦である豊受大神(御炊屋姫)*女神・宇賀神。

 

竹生島の弁天様はそれをお姿で表しています。
彼らであることに気づかれよ。

分かるようになってから、その意思が見えてきます。

もしかすると、中には神の意志が介在しているものもあったのかもしれません。
仏師は木の中に仏を見ると言われます。

 

どちらにせよ、気づくことは大切な事であるようです。

 

 

*1 塩土老翁

塩竃神社や住吉神社などに祀られます。
籠神社の縁起、住吉大社にも登場。
*神武東征の際 *海幸彦山幸彦 *浦島伝説 にもでてきます。
(「古代史の謎」関裕二氏著 参照)

下記記事に詳しくあります。

(「古代史の謎」3 ~饒速日命は住吉の神~」)

 

*考察などの引用、リンクなどの連絡はしなくてよいですが、このブログのリンクを貼るなどの事をして最低限のルールを守られますように。

画像の転載は許可いたしません。

2022年6月26日 (日)

祇園の神 8 ~熊野三社の神~

前回の続きです。

(「祇園の神 7 ~神話の中の須佐之男命~」)

 

祇園の神である須佐之男命。
日本神話の彼でさえ、饒速日命を示すものでした。

須佐之男命を祀る宮に、熊野三社があります。
御祭神、摂社の神も書き出しました。

神社公式のHPにすべて載ってないので、wikiも参照。
名前が多いので混乱しそうになります。

ここはさらっと見てください。

☆熊野本宮大社(熊野本宮大社HP)(wiki熊野本宮大社
*主祭神 家津美御子大神(けつみみこのおおかみ*須佐之男命)
熊野速玉大神(くまのはやたまおおかみ・いざなぎのみこと)、熊野夫須美大神(くまのふすみおおかみ・いざなみのみこと)・事解之男神、天照大神
*中四社 天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)、瓊々杵尊(ににぎのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、鵜萱草萱不合命(うがやふきあえずのみこと)
*下四社 軻遇突智命(かぐつちのみこと)、埴山姫命(はにやまひめのことと)稚産霊命(わくむすびのかみ)、弥都波能売命(みずはのめのみこと)

☆熊野那智大社(熊野那智大社HP)(wiki熊野那智大社
*主祭神 熊野夫須美大神
大己貴命(飛龍権現)、家津美御子大神国常立大神、天照大神 
*中四社 天忍穂耳尊、瓊々杵尊(ににぎのみこと)、彦火火出見尊、鵜萱草萱不合命
*下四社 国狭槌命(くにさづちみこと)、豊斟渟命(とよくむぬのみこと)、泥土煮命、大戸道命、面足尊

 

☆熊野速玉大社(熊野速玉大社HP)(wiki熊野速玉大社
*主祭神 熊野速玉大神(いざなぎのみこと)、熊野夫須美大神(いざなみのみこと)
家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)国常立尊、天照大神、高倉下命(たかくらじのみこと)
*中四社 天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)、瓊々杵尊(ににぎのみこと)、彦火火出見尊、鵜萱草萱不合命(うがやふきあえずのみこと)
*下四社 国狭槌命(くにさづちみこと)豊斟渟命、泥土煮命、大戸道命、面足尊

すべて書くと多いので、主なものを。

 

<熊野三社の神>

三社に祀られている神々はほぼ同じです。
同じ名を持つ神社には、同じ神が祀られるからです。
微妙に違うのは、名を変えた神だから(同神)。
それを手掛かりに見ていきます。

 

☆本宮大社と速玉大社の上四社のご祭神は、家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)
この神が須佐之男命(スサノオノミコト、以下カナで)
速玉大神は、いざなぎみこと。
夫須美大神は、いざなみのみこと。(ふすみは、むすび・結びらしい)

しかし、那智大社には、速玉大神の名がありません。
その代わり、他の二社にはない大己貴命の名があります。
彼が同神であるので、そこに無いのです。
(他に増えたり、減ったりしている神も同じ)

*大己貴神、天照大神、国之常立神は饒速日命だと辿り着いています。
(「神の系譜 2 伊勢の神は磯良神・日月の神」)アメブロの記事

 

< 家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)>

スサノオの命の別名であるこの名に、よく似たものがあります。
大神神社にあった御炊社(みかしぎしゃ)の御膳神(みけつかみ)
みけつ神の名は、豊受大神、宇迦之御霊(うかのみたま・宇賀神、稲荷神)を示すのです。
(「御炊屋姫を追って ⓽ ~御炊社*大神神社の豊受大神」)
(「御炊屋姫を追って ⑩ ~御分霊*廣瀬大社と豊受大神」)

このうち豊受以外は、男女二柱の神。
みけつ神の”み”は尊称であるから、”けつ”がかの神を示す。

ならば、けつの名を持つスサノオ命が宇迦之御霊であり、稲荷神(宇賀神)。
彼が饒速日命(歳神、稲荷神、宇賀神)であるからこそ、それは偶然ではありません。

御炊社の御膳神は、饒速日命の后である御炊屋姫を示唆しています。
彼女が豊受大神であり、スサノオ命が饒速日命(天照)であるから繋がるのです。

 

また、参照したHPには、(HPみ熊ねっと
「熊野草創由来雑集抄」では、家津御子神は国常立神だとされている」とあります。
新宮、那智では、国常立神と共に祀られています。(上記HP参照)

国常立神は、饒速日命です。
家津御子神=スサノオ命=宇迦之御霊(稲荷神)=国常立神=饒速日命

やはり、スサノオ命は饒速日命でした。

 

軻遇突智命

☆中四社の神はすべて同じですが、下四社は熊野本宮大社のみ違います。
この違う三神、軻遇突智命と埴山姫命は夫婦であり、その御子が稚産霊命。
神話では、イザナミ神が亡くなる原因は、軻遇突智命です。
もしもそれが事実ならば、同じ社に祀りません。

数多の神社で、「国譲りをした」神が同じ社に祀られているのは失礼にあたるなどと、後の世に神話に沿って別の社に分けられています。*1
逆に言えば、分けられる前は同じ社に祀られていたのです。
それは「同神」であることを示しています。

*1 神の由緒を伝えるため、「元はあの社にあった」と伝えられているのかもしれない。
(軻遇突智命の詳細は後に)

 

<豊斟渟命(とよくむぬのみこと)>
この神は別名、豊雲野神。(wiki豊雲野神
他に豊国主神の名もあり、神話では国之常立神の次に現れた神とされます。

さらに物部神社(島根県太田市川合町)にも祀られています。
物部は祖神、饒速日命を祀る一族であり、摂社の神は同一。
この神も彼の別名です。

社に祀られる神の名からも、スサノオ命は饒速日命だと分かります。

 

 

( つづく )

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

2022年6月21日 (火)

祇園の神 7 ~神話の中の須佐之男命~

前回の続きです。(番外編にせず、そのまま続けます)

(「祇園の神 6 ~龍神*安曇磯良神~」)

そもそも神話の中での須佐之男命とは何か(誰か)を考察します。

日本神話は彼らの物語を様々な場面で、名や状況を変え、何度も繰り返し語っているのです。
そのたった一つの決まり事を念頭に置いて見て行くと、神話の謎が解けていきます。

以下、「彼ら」は天照大神(饒速日命)とその后、豊受大神(御炊屋姫・みかしきや・みかしや)を示します。

 

前半(神功皇后の物語)まで、ほぼこの四つの事柄に集約されます。
(違う時代の事に、入れ込まれたものもある)

☆1 名を変えた神
(彼らを祀る一族が移動。根差した土地の名、職業の神として名を変える)

☆2 彼ら二柱による異類という鬼退治
(祓いの神である住吉神と瀬織津姫の所以)

☆3 彼らの舞台

☆4 神の交代
(後の為政者の都合により記紀は作られる。本来の天照である饒速日命は隠される)

 

☆伊邪那岐神の禊祓い*三貴神、他の登場(☆1と☆3)

伊邪那岐神(いざなぎ)は黄泉の穢れを祓う為、川で身を清めます。
その時に次々と神が生まれる。

 

天照大神、月読命、須佐之男命。
同じ神から生じたので、彼らは同神です。(伊邪那岐神も)
これ以降の神話では、三貴神は饒速日命(豊受大神である御炊屋姫も示す箇所あり)を示します。

 

*天照大神
饒速日命は別名、天照国照彦天火明櫛玉饒速日命。

一方、女神・天照の別名、撞賢木厳御霊天疎向津姫命(つきさかき いつのみたま あまさかる むかつひめ)の名は、
(日の)神では無く、神の境で神を斎き祀る厳御霊=厳島の神である市杵島姫命(いちきしまひめ)を意味する。

宗像神であり、御炊屋姫です。(大神神社にも市杵島姫命社あり)

(「伊野天照大神宮 ①~女神・天照の名~」)
(「御炊屋姫を追って ⑫ ~女神・天照と豊受大神~」)

(このシリーズで彼女について調べています。御炊屋姫=豊受大神=市杵島姫命=宗像神)

女神・天照は本来の天照ではありませんでした。
(しかし、後の祈りにより、天照でもあることになります)

*月読命(☆1☆4)
三貴神でありながら、これ以降姿を見せません。
月神は隠されたことを意味します。

その月神は饒速日命(日神でもある)
高良大社の高良神(住吉神、饒速日命)は月神です。
干珠満珠という海の満ち引き(=月の力)を操る珠を持つ神である故です。

また、彼(天火明命)は籠神社でも月神。
伊勢の下宮の神は籠神社の月神を勧請してきた。(入れ替わってるので実際は内宮の神)
(「神の譜系 2 ~伊勢の神は磯良神・日月の神~」)(アメブロの記事)

*須佐之男命(☆1☆2☆4)
彼は海の神である。
饒速日命である住吉神も海神。

 

☆天照大神と須佐之男命の誓約(☆1)
二柱はそれぞれの持ち物から神を生み出します。

 女神・天照大神から生まれた神。
宗像三神は、彼女と同神です。(三神は一柱の神)
市杵島姫命は、弁財天であり、御炊屋姫、瀬織津姫、御膳神(みけつかみ)、豊受大神と繋がっています。
(上の「御炊屋姫を追って」のシリーズ参照)

*彼女が御炊屋姫であるので、(神産み)を共にした須佐之男命は、彼女の夫婦神である饒速日命になります。

須佐之男命から生まれる男神の五柱も、すべて彼と同神。
*「互いの持ち物を交換」した行為そのものも、神の交代(☆4)を示します



☆天照の天岩戸開き
(☆1☆2☆3☆4)
須佐之男命が高天原で悪事をし、その為に女神・天照が天岩戸に籠って夜(闇)が来た。

彼の悪事は、「彼らが退治した鬼の所業」を表す。
鬼が来たため、世の中は夜(闇)になり荒れた。

☆4の神の交代も示唆。
男神・天照が悪事をしたので、女神・天照と交代した(あくまでも神話上)。

 

☆これらに関係ある地(☆3)
伊邪那岐神が禊をした地は、彼が最初に祀られた地を示しています。
天岩戸籠り、後に天孫(瓊瓊杵尊・ににぎのみこと)が天降る高天原も同じ地を示唆します。

<筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原>

そこには住吉神(饒速日命)の元宮である「現人神社」があります。

(「神話の郷 ~安徳台と高天原~」)(アメブロの記事)

以降、須佐之男命のその後。

☆須佐之男命の八岐大蛇退治(☆1と☆2)
八岐大蛇退治は、彼らの「鬼退治」を示唆。

*出雲の風土記などには、八岐大蛇に関する話は存在しません。
(彼らがいた筑紫には鬼(イルヰ・異類)退治の伝承がある)

そこで出会う櫛稲田姫(くしなだひめ)は、稲の神。
また「櫛」の名は、櫛玉饒速日命(くしたまにぎはやひのみこと)を示し、彼は歳神(稲荷神)である。
(彼の后である御炊屋姫と同神)

彼女と夫婦なので、もう一方も稲の神である(夫婦神は同じ性質を持つ)

須佐之男命の娘は須勢理姫(すせりひめ)。
彼女は大国主神と夫婦となる。
大国主神は大物主神であり、饒速日命。(「神の譜系 4」下の記事)

須勢理姫の名は、火酢芹姫(ほすせりひめ)を示唆。
火酢芹神は、海幸彦(山幸彦と同神)の別名の一つ。
海幸彦山幸彦(同神)の話は、彼らの「二つの珠(☆2)」が元になったもの。
名は夫婦で対になるので、彼女の夫の大国主神は火酢芹神である。

 

また、二つの珠は饒速日命が持つ十種神宝の玉のこと。

(「神の系譜 4 ~月読神の十種神宝~」)(アメブロの記事)

*つまり、神話では親子関係、兄弟(義理でも)にあるものが、彼ら自身であることになります。

伊邪那岐神
天照
月読
須佐之男命
大国主神(饒速日命)*須佐之男命の娘の須勢理姫と夫婦
大歳神(饒速日命)*須佐之男命の御子


伊邪那美神
女神・天照
宗像三神(市杵島姫命)
櫛稲田神
須勢理姫(須佐之男命が親)
彼女は大国主神の后=饒速日命の后(御炊屋姫)
火酢芹姫(火酢芹命=海幸彦)

 

大国主神は大物主神であり、大神神社の饒速日命に繋がります。(*1 下記で補足)
大国主(大物主)の幸魂奇魂は、住吉神の干珠満珠であり、饒速日命の十種神宝。
また、海幸彦が海神(豊玉姫)からもらう玉です。
彼も同神。
(*豊玉姫=豊受大神)
海幸彦と豊玉姫は夫婦。
(彼らがと同神の饒速日命、御炊屋姫が夫婦であることを示す。)

 

<まとめ>

日本神話の前半は、すべて彼らの物語をシュチュエーションを変えて語っているのです。
親も子も兄弟、登場人物も、ほぼすべて彼らです(違う人も中にはいるかも)

それが解明を複雑にしている原因です。

しかし「そう」だと分かると、絡まった糸が解けてきます。

祇園の神である須佐之男命は、彼自身でした。
饒速日命です。

もう一つ、須佐之男命から饒速日命へと繋がった社がありました。

次はそちらへ。

 

( つづく )

 

*1 大国主神は、須佐之男命に試練を与えられる。
この時に大国主が使うのが、蛇比礼(おろちのひれ)、蜂比礼(はちのひれ)。

 これは饒速日命が持つ十種神宝の蛇比礼、蜂比礼と同じもの。
二柱は同神を示唆している。

 

 

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