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神結び 

2023年1月16日 (月)

祓いの神 8 ~楯崎神社*宗像三神と神功皇后~

続きです。

☆→祓いの神 7 楯崎神社*大己貴神は饒速日命

 

続いて、楯崎神社のご由緒書、宗像姫の項。
概要です。

原文は、下記に記載してあります。

< 宗像姫 >

宗像三神は、天照大神と素戔嗚命の御子なり。

田心姫神、湍津姫命、市杵島姫命は、沖ノ島、中津宮、辺津宮の三カ所に厳重に鎮座。

奇瑞(*1)は、今も変わらず、今も昔も国家を護る大神なり。

旧事紀に曰く、

素戔嗚の子、大己貴神、先に宗像沖津宮に祀られる田心姫を娶り、一男一女、味鉏高彦、下照姫大神命を生む。

次に辺津宮に祀られる高津姫を娶りて、一男一女、味歯八重事代主、高照姫大神を生む。

味歯事代主神は変化して八尋の熊鰐(やひろのくまわに)となる。

玉依姫として生きた、三島溝杭女(*2)の所に通って、一男一女生む。

生まれた子が天日方奇日方命。

(中略)

 

宗像社記にはこう記されてある。

宗像大神が異賊に対して、最初の合戦地に御楯(砦か?)を築いた場所を楯崎とした。

その御楯は、石となって今もあり。

この神山(楯崎神社の山)の険しい峰の上、草木が盛んに生えている所に楯板あり、石となる。

Screenshot_202301161610482

(鼓島)

勝ち鼓を打ったところを鼓島と呼ぶ。

その鼓、石と成りて今もある。

Tatesaki05_20230116160901

社の後ろに神霊のおられる岩の窟がある。

*1 奇瑞 不思議で目出度いこと。
*2 原文は、三島溝杭女を通じて、玉依姫に生き一男一女を生む。

 

< 神功皇后の項 >

古老伝える。

昔、息長足姫尊(神功皇后)、将として三韓征伐の折り、 この山に登って神の助力を祈った。

船が泊まっていたところを、京泊という。

社殿の北、御手を洗った所を御手水の瀑布という。

(後は、周囲の地形、名称の謂れ)

原文は下記。

***********************************************

 <宗像神>

宗像三女神と言われる神は、実は一柱。

市杵島姫命です。

その名は女神天照の中にありました。

 

女神天照の名、撞賢木厳御魂天疎向津姫。
(つきさかき いつのみたま あまさかる むかつひめ)

榊(神との境の木)を撞き(つき、響かせるような意味合い)祀る=巫女のこと

厳の御霊=厳島神社の神、市杵島姫命

女神・天照が宗像神です。

 

この宗像神が饒速日命の后であった、御炊屋姫。

 

 

<宗像神は御炊屋姫、豊受大神>

 

☆奈良では御炊姫が弁財天として祀られる→弁財天は市杵島姫命と習合。

さらに、その名は、豊受大神、宇迦之御魂神を意味していました。

 

☆大神神社の摂社、御炊社の神が御膳津神(みけつかみ)→豊受大神、宇迦之御霊の別名
→御炊屋姫の名は、豊受大神、宇迦之御霊(稲荷神)を意味する。

☆→神*総まとめ)アメブロの記事

(「神の鉾 番外編 ~二柱の天照大神~」)

饒速日命が男神の天照であり、その后が女神の天照です。

 

*大己貴命は宗像三女神とそれぞれ夫婦とありますが、宗像神を三神としたのでこうした伝承になったのです。

ここに記述される神々は、ほとんどが彼らになります。

< 事代主神と三島溝杭女 >

 

ご由緒では、事代主神と「三島溝杭女」の子が、天日方奇日方命。

☆事代主神について
事代主神は、大物主神(大己貴命)自身です。
(「日本の真相 23 ~勢夜陀多良比売~」)

神武天皇の妃は、五十鈴媛命とされます。
日本書紀では彼女の母は、玉櫛姫、父は事代主神。
古事記では、大物主神(=饒速日命)

事代主神が大物主神であるので、同神です。

また、玉櫛姫とは、御炊屋姫のこと。

饒速日命の名にも、櫛玉彦があります。

(「御炊屋姫を追って ② ~櫛玉比女命神社・弁財天~」) 

 

☆三島溝杭女について

伝承により、くいの漢字は様々です。
(杭、樴、杙、橛、咋など。どれでも同じ)
三島溝咋神は、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)。

彼を祀る賀茂神社の葵祭から、饒速日命、住吉神と神功皇后に繋がっています。

(「日本の真相 15 ~前編 葵祭 と 住吉神 と 神功皇后~」)

また、三島溝咋の名は、住吉神を意味します。
(「魂須霊 5 ~「儺の国の星」の三島~」) 

 

三島神は、饒速日命。

オリオン座の三ツ星を三島星と呼び、住吉神を表していました。

 

三島神は、奈良では石上神宮の布溜神、

福岡では、高良神(住吉神)を意味します。

 

石上神宮の布留神は饒速日命。

 

饒速日命=三島神=住吉神です。(上記リンクより)

 

溝橛(みぞくい)についても、上記リンク先。

神武帝の后媛蹈鞴五十鈴媛命は三嶋溝橛(みしまみそくい・三島溝杙と同じ)の家系である。
三嶋も溝橛もオリオンの古称であった。
”そくひ”は栄井即ち、砂漠の中のオアシスのこと。
一望千里の砂礫の中に碧空を映しだす水鏡は、まさに虚慮の中に孤影悄然たる星辰の姿と同じ。

(「儺の国の星」 御笠の星の項より)

 

みそくい=御栄井。

三島の名も、溝橛の名も、オリオン座の三ツ星=住吉神を表す。

三島溝橛神は、住吉神であり饒速日命。

また、三島溝橛姫は、その后、御炊屋姫ということです。

 

 (概要の*2は、

 三島溝杭女=御炊屋姫=玉依姫なので、玉依姫として生きた三島溝杭女と、訳しています。

玉依姫は、役職、神の依り代=巫女を意味します)

彼女もまた、玉依姫。

(*なので、宝満山の玉依姫は彼女のことでもあります。
  祀られているもう一柱、神功皇后とも同神と言うことになります)

 

その饒速日命と御炊屋姫から生まれたのが、天日方奇日方命。

しかし、その神もまた饒速日命。

神武天皇でさえ、彼です。

 

彼らは信仰した一族が各地に散らばり、一族の名や、土地の名、職業の守り神として名を替えました。

記紀などの伝承は、名を替えたかの神を余すとこなく当てはめたということです。

 

☆神功皇后の子、応神天皇も饒速日命です。
応神天皇とされる八幡神も、饒速日命。

神武天皇と同じからくりです。

(「日本の真相 3 ~マナの壷~」)

(「日本の真相 4 ~3人の天皇~」)

 

 

ここには、その神功皇后の伝承がありました。

また、それにまつわる名称を記しています。

 

この由緒書に並んでいる、彼らと神功皇后の伝承。

神功皇后が、饒速日命の后の御炊屋姫であるから、一緒に記述されているのでは。

そう感じたのです。

ここには彼女が、この山に登って神の助力を願ったとの記述だけでした。

しかし、この近くの神社には「彼ら」を繋ぐ伝承があったのです。


( つづく )

 

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

2023年1月12日 (木)

祓いの神 7 楯崎神社*大己貴命は饒速日命

続きです。

(☆→祓いの神 6 楯崎神社*神功皇后と大己貴命と宗像大神の伝承地

 

楯崎神社の神社縁起には、三つの伝承がありました。
一つ目は、大己貴命と宗像姫。
二つ目は、神功皇后。
三つ目は、最澄法師です。

Tatesaki08

 

(楯崎神社縁起)

 

まずは、序文と、大己貴命と少彦名神の項。

長いので概要のみ。
原文は、下記にあります。

(旧文字で変換できないものは相当の漢字を当ててます)

☆→楯崎神社 ~伝承の真実 その2~序文と大己貴命の項)以前の記事。

 

< 序文と大己貴命 >

当社は宗像宮の摂社七十五社の一つ。

楯崎神社の御祭神は、大己貴命と少彦名命。
相殿に飛龍権現と三座する。



< 大昔、まだ混沌としてる時代 >

世が未開で混沌として、草木が話していた時代のこと。
北海の浜に「夷の類」という狂暴な鬼神が攻めてきて、人民を殺略した。

 

その時、大己貴命と宗像姫が自ら神軍を率いて、稜威(いつ・畏れを感じるほどの力)を振るって、
楯を立て、鼓を鳴らして、夷賊を防御して、遂には退治した。


楯崎、鼓島、伽羅船などの名はこれが由来。

Screenshot_202301061549192

(鼓島)


< 大己貴命 >

大己貴神は素戔嗚の子。
大己貴命は、又の名を、大国主神、葦原醜男神、八千戈神、顕国玉神。
大三輪社(*1)に祀られる。
大物主神は、大倭神社に祭り、これを称して大国売神と言う。

この大国主神(大己貴命)は、ちはやふる神(*2)を追い返して、初めて国を造った。

その子、百八十一神。

後に、皇孫を避けて、日隈宮(*3)に隠れた。
すなわち、出雲国杵築大神(出雲大社)である。


*1 大三輪社。大神神社のこと。
*2 ちはやふる神。夷の類という狂暴な鬼神。
*3 日隈社。天日隈宮。出雲大社のこと


< 少彦名命 >

少彦名神は神皇産霊尊の子なり。

日本紀が伝える所によると、大己貴命は、国を廻り、出雲国五十狭のみぎわ(岸)に至る。
海上に声あり、驚いて辺りを求めた。
どこにもいないのに、しばらくすると小さい男がいた。
白皮を舟とし、みそざさいの羽を衣とし、潮に浮き、大己貴命の元へ。
(中略)
大己貴命は、少彦名命と一心に力を合わせ、天下の人々や畜産を管理した。
その病気や怪我の治し方を示し、鳥獣や虫からの厄災を防いだ。

その禁厭(*4)の法を定め、これをもって百姓、今に至り恩恵を受ける。

大己貴命は少彦名命に言った。

「我らの造った国、かつてこんなに良い所があっただろうか。」
少彦名命は応えた。
「成す所があるか、いや、成さないところがあるだろうか(全てやった)」

その後、熊野の御碕に至り、遂に鎮座した。
今、天下諸国の温泉地にこの二柱を祀るのは、この縁なり。

(二柱が、病気を治す手段として温泉を使う方法を定めた、ということか)

*4 禁厭。きんよう。なじないで病気や災害を防ぐこと。

 

*********************************************************

この社に祭られている<大己貴命>は、大神神社の神。
饒速日命です。
御祭神には綿津見神の名もあります。(同神です)

 

彼が、鬼神を追い返し、初めて国を造った神。

大国主神、国平神、また開化天皇(国の根っこを造った)とされていることからも分かります。

(開化天皇の位置に、当てはめられた)

 

大己貴神=大国主神=葦原醜男神=八千戈神=顕国玉神=大物主神=大国売神。
後に彼は、出雲大社に祀られます。

(出雲大社の神も饒速日命)


また、相殿に祀られている飛龍権現は、大己貴命だとここに書かれてありました。

本地垂迹資料便覧 http://www.lares.dti.ne.jp/hisadome/honji/files/HIROU.html

「同神の別の名(分霊)を併記したり、相殿や摂社に祀る」のは事実のようです。



大己貴命が、宗像姫と共に「夷の類」を退治して、初めて国を造った。

夷の類とは、北海の浜に攻めてきて人民を殺略した、狂暴な鬼神。

その時、大己貴命と宗像姫が自ら神軍を率いて、稜威を振るって、夷賊を防御して、遂には退治した。

まったく同じ状況を高良大社の伝承で見ています。
「夷の類」、それは高良玉垂宮神秘書では「ヰルイ」とありました。
異類です。

神秘書では、それを退治したのは高良神(住吉神)と神功皇后であり、彼らは夫婦。
高良神は饒速日命。
かの社は、物部氏の祖神を祀る宮でした。

(「神の鉾 2 ~高良玉垂宮神秘書~」)
(「神の鉾 3 ~安曇磯良神~」)


また、楯崎神社の大己貴命も、彼です。
そして、共通する「ヰルイ」
大己貴命が饒速日命であり、高良神であるのだから、同じ伝承です。

*これらのことから、大己貴命=饒速日命=高良神であると分かる。

では、楯崎神社の大己貴命が高良神であり、饒速日命ならば。
共に「夷の類」を退治したという「宗像姫命」は、神功皇后ではないのか?
これは次回に。





( つづく )

 

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2023年1月 6日 (金)

祓いの神 6 楯崎神社*神功皇后と大己貴命と宗像大神の伝承地

続きです。

 

福岡県の「楯崎神社」。

福津市の渡半島にあります。
ここで見たのは、伝承が書かれたご由緒書でした。

 

Tatesaki01

ここは、神功皇后の伝承地です。
Tatesaki02
拝殿。


御祭神は、大己貴神、綿津見神、少彦名神。

 

Tatesaki03
裏へ回ります。

Tatesaki04

ここから見える「恋の浦」の海岸線はとても綺麗です。
Tatesaki06

 

神社の裏に回ると祠がありました。
元々はこちらが社だったそうです。

Tatesaki05

とても神秘的で美しい場所でした。 

ここで見た、由緒書。

涙が止まらなくなりました。

やはり、そうだったのか、と。

 

それは次の回で。



ここには、大己貴命と宗像大神の伝承もありました。

写真と地図だけ、こちらに乗せます。

Screenshot_202301061549092

奥の右に見えるのが、楯崎神社がある山。

神功皇后の伝承地です。

(神功皇后が三韓征伐の折りにここへ来たとあります)

間が、恋の浦の浜。

その反対側にあるのが、鼓島。

Screenshot_202301061549192

Screenshot_202301061549232

浜の北側にあります。
次の回の大己貴命と宗像大神の伝承にある鼓島。
Screenshot_202301061549282
途中には、神功皇后の軍船が着いたという、京泊の浜があります。
(一番下に地図を載せます)

Screenshot_202301061549322

鼓島の側に行くには、こんな岩場を20分ほど越えます(距離は600mくらい)
ここら辺は岩が一つ6mくらいあるのも。
左手前の岩で4m級。

Screenshot_202301061549372

ここまででした!
これ以上は泳ぐしかない。
一年で一番潮が引く日に来ないと向こう側に行けません。
この日は惜しかった!
救命胴衣付けて渡るか、思い切って崖から行くか。
崖は無理っぽい。

ここ、半島全体が私有地(閉鎖された野外美術館)で、内からは行けないんですよ。
(後に回ったのでUPします)

Screenshot_202301061549482

(YAMAPの地図)

南にある鳥居が楯崎神社。

半島の右手にあるのが、京泊の浜。

一番近づいたのが、青い線の突端。

鼓島に触りたかった~~。


でもね。

当時は標高5mが海岸線。

京泊の浜はあったかもしれませんが、

(上の地図の京の字の横の黒い横線辺りが標高5m)

鼓島は微妙です。

 

もしかすると、鼓島の部分だけ、後から出来た伝承なのかも。

 

でも伝承の中に、確かに真実があるのです。

伝えたいものが伝承になるのです。

 

(鼓島、標高が分かるWebで見たら3mでしたけど、遠目に見てももう少し高い気がする)

 

 

(つづく)

楯崎神社 ~伝承の真実 その1 を改訂)

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

2022年12月28日 (水)

祓いの神 5 ~鬼門神・艮金神~

続きです。

(「祓いの神 4 ~英彦山*大己貴神と宗像三神~」)


< 艮金神 >

「柿木」は、冷水峠の北東の位置にありました。
彼らが熊襲退治をしています。

(「射手引神社 1 ~神功皇后と高良神の熊襲退治~」)アメブロの記事

(「射手引神社 2 ~神の気~」)アメブロの記事

鬼門です。

Screenshot_202212281541262

(地図はGoogle map)

鬼門は丑寅の方角であり、ウシトラコンシン神、艮金神と言われる神がおられます。
それが、饒速日命。

(「饒速日命を求めて ⑲ ~日月の神・饒速日命~」)
(「’14年 天理教教会本部 ~甘露台の光~」)
(「’14年 三島神社 (写真の光))


その饒速日命は高良神です。

高良神は、筑紫神でもあります。
筑後国一之宮の高良大社の神。(筑紫の神)

筑紫神の名の由来は、「命尽くし」神。
元々は、シタクラツクシ坂(冷水峠)に出た、命を尽くす魔物のこと。

(「二つの伝承 4 ~筑紫神社・ちくしの神・福岡県筑紫野市~」)


彼らはそれを退治していました。
いつの間にか、退治した方が「筑紫神」となっていたのです。

艮金神も同じではないのか。

鬼門(ウシトラ)の方角に出た魔物を退治していた神。
いつの間にか、退治していた者がその名になった。
(*全部の魔物が北東に出たという意味ではない)

 

もうひとつ、「祓いの神 3 ~鎮座する神~」の天照宮の御祭神の中にもありました。
八十禍津日神。
八十は、たくさん、あらゆるという意味。
あらゆるわざわいの日の神。

これも同じです。

あらゆるわざわいを祓った(退治した)日の神ということ。

 

筑紫神と艮金神と八十禍津日神。
彼らも同神であり、饒速日命を表します。

祓いをした神が、祓ったものの名になる。

これも言霊の力を求めての事。

 

名でも、相手を調伏する。
「命尽くし(筑紫)の神」の名は、退治した神(名の上)となり、封印される。



< 儺国 >

それで繋がりました。

魏志倭人伝の奴国。
な国は、儺国(なこく)。(「儺の国の星」の)

儺には、おにやらい(鬼祓い)の意味があります。
鬼がいない=神の国。

(小鳥遊=たかなし(鷹無し)と同じような)

 

「な」の言霊、(成る、為すなど、事象の先、できあがった=神)と同じです。
「な」には元々そういう意味(イメージ)があり、「な」から様々な言葉ができたのです。

儺国は、那珂川。
そこには住吉神の元宮、現人神社があります。

(「現人神社 ~福岡県~」)
かの神は、饒速日命。


「鬼祓いをした神」の国。
それが、儺国であったのです。

(「安徳台と高天原」)

 

< 熊襲はイルヰ >

熊襲は、まつろわない豪族だとされていますが、私は魔物(怪物)だと思います。
高良玉垂宮神秘書の「イルヰ(異類)」の言葉がそれを表しています。

羽白熊鷲は、羽があり人を攫う。
言葉通りの意味です。

また、神が関与するならば、相手は人ではありません。
(「二つの伝承 8 五十猛命と甕依姫~」

今の世でも、霊障は確かに存在し、視える人は霊やその他の存在を視ています。

私も1度だけはっきり見ました。
確かにそういう存在はいます。

神や仏がおられるように、そういう存在もいるのです。

陰陽師や霊能者が、何を相手にして、何を祓ってきたのか。
それを考えると、絵空事ではないのです。

 

神功皇后は卑弥呼でした。
魏志倭人伝には「鬼道を事とし、能く衆を惑わす」とあります。
占いや神事で、民を導いていたと伝えられています。

鬼道とはそれだけではありません。
彼女らは、確かに「それら」と対峙していたのです。
レイラインや山での神事の意味など、「イルヰ」の存在なしでは解明できないでしょう。

記紀などでの話からでは、常識が邪魔をして真実に決してたどり着けません。
でも、地元の伝承や神社を追うと多くのものが見えてきます。

 

「儺の国の星」真鍋大覚氏 著
(「儺の国の星」)アメブロの記事

「箸墓の歌」小椋一葉氏 著
「(箸墓の歌」と”くしふるたけ” その2)」

「神社仏閣に隠された 古代史の謎」関裕二氏 著
「(「古代史の謎」 1 ~大嘗祭~」)

これらは、私自身が調べたり感じていたこと、そのままが書かれていました。

これらの本は、土地や神社の伝承から探求されたものであり、真実に一番近いと思います。
伝承や神社の縁起はすべてが真実では無いですが、「真実を示唆」しているのです。

 

そこからたどり着いた彼らの姿。

様々に名を替えられた彼らは、イルヰと対峙していたのです。
ココログで彼らを追った先に、ある神社の伝承に出会いました。

まるで答え合わせをしているかのような。

 

( つづく )




私自身が見た前世には怪物がいたのです。
里の者が次々とやられ、なすすべもなく。

その後、天鳥船に乗ってやって来た「リュウ(饒速日)」達。(ここまでは夢で見た)
(「古代奈良の夢 ~前世④~」)


彼らはそれらを退治。
その後、北部九州に移動。

その地の怪物を倒すという「記憶」がありました。

 

北部九州から先のことが、神功皇后と住吉神として伝えられているようです。

後に知りました。
彼らが伝承の中でも「イルヰ」と戦っていたことを。

夢の中での彼らは、饒速日命と御炊屋姫。
住吉神(高良神)と神功皇后にたどり着きます。


高良神を祀る、高良大社の伝承の「イルヰ」は異類。

”人でないもの”です。

私があの日見た怪物(の一つ)でした。

 

住吉の元宮、現人神社の伝承には、「国の大事の時再び現れる神」とあります。
前世の彼らは転生する度に、怪物と戦っていました。

「私たちは再び会うだろう。地球を救う為に」という夢を二人が同時に見ています。

また、怪物がこの世に現れるのかもしれません。

 

夢物語だと良いのですが。

真実は何なのか。
今まで何をしてきたのか。
これから何があるのか。
それを知るために彼らを追っています。

 

スピリチュアルな世界で生きていた彼ら。
それ抜きではたどり着けないものがあるのです。

 

 

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2022年12月23日 (金)

祓いの神 4 ~英彦山*大己貴神と宗像三神~

続きです。

<英彦山の神>

英彦山には、修験道に伝わってきた縁起がありました。

Screenshot_202212230846412(英彦山奉幣殿)

 

以下、<彦山修験道縁起>より、解読、抜粋。

宗像三神は日の神を奉り、勅命により、最後に宇佐に降りた。
大己貴神が娶った田心姫命、瑞津姫命は、英彦山の北峰に鎮座し、北峰の主となった。
市杵島姫命はこの山(英彦山)の中腹に鎮座。

Screenshot_202212230846462

(英彦山中岳の上宮)
Screenshot_202212230850232

上宮

忍穂耳命の霊(魂)は、鷹と一つになって、東から飛来してこの嶺に止まった。
大己貴神は、北峰を忍穂耳尊に献上した。
故にこの山を日子という。

(忍穂耳命は、天照神の子だから)

 

田心姫命、瑞津姫命は、北山を降りた。
宗像三女神と大己貴神は、許斐(このみ)山に移った。

*宗像三女神が奉った日の神とは、大己貴神=饒速日命のこと。

*許斐山には、宇佐神宮の末社がある。

宇佐神宮の大宮司家が武士化した時に、許斐山に山城を造った。

(以下サイト、参考)

https://maidonanews.jp/article/14400234

 

*このことからも、神はそれを信仰する一族が土地に祀り、名を替えたり、伝承の中で「神が降りた地」とされることが分かる。

 

☆宗像三女神は、宇佐神宮に祀られる「比売神」です。
そこに共に祀られる神功皇后。

豊前豊後の一ノ宮の神は彼女であり、豊神とは神功皇后のこと。

(「筑紫島の四つの面 2 ~白日別神と豊日別神~」)

 

☆宗像三女神は一柱であり、市杵島姫命。

市杵島姫命=弁財天=御炊屋姫=豊受大神=神功皇后

大己貴神=大物主神=饒速日命

(「神の鉾 番外編 ~二柱の天照大神~」)

 

英彦山に祀られていたのは、饒速日命と御炊屋姫です。

(天照大神と豊受大神)Screenshot_202212230854002

北岳の祠

Screenshot_202212230854132

(北岳 磐境(禁足地))

後に天忍穂耳命と名を替えられた。

山中には、天火明命を祀る大南神社もあります。

Screenshot_202212230846522

(英彦山 大南神社)

おそらく、「日子」の山の名で、饒速日命が御祭神のままでは都合が悪かったのでしょう。
(日子=饒速日命になってしまうから。彼が天照であることは徹底的に隠されます。)

日の神が天照。その御子が天忍穂耳とされるから、替えられたのです。

 

「移った、譲った」は、名を変えた同じ神のこと。

親等は関係なく、そのもの。

(天照の子=天照そのもの)

(「英彦山  奉幣殿~玉屋神社」)



< 夫婦神 >

☆この縁起には、「大己貴神と宗像三神が夫婦」とあります。

他にも
☆高良神(住吉)と、神功皇后が夫婦(高良玉垂宮神秘書)

☆住吉神と神功皇后が夫婦(大阪住吉大社の伝承)

☆天火明命と豊受大神が夫婦(籠神社)

 

それぞれ同じ神なのです。

 

大己貴神=大物主神=饒速日命=天火明命=天照大神=住吉神。
宗像三神=市杵島姫命=弁財天=御炊屋姫=豊受大神=神功皇后。

それぞれが名を替え、入れ替えられて夫婦として祀られているのです。

(「神の鉾 番外編 ~二柱の天照大神~」)

神社や伝承によりこの組み合わせが違う=それらは信用に値しない、のではなく、

全て同じ神であるから、色んな組み合わせになってると分かれば、腑に落ちるはずです。

☆大己貴神と宗像三神の組み合わせは後に登場します。

 

<羽白熊鷲退治をした者>

 

射手引神社(柿木)と冷水峠(シタクラツクシ坂)

 

これらの羽白熊鷲を退治したのも神功皇后でした。
(高良の伝承では、高良神(住吉神)と神功皇后)

射手引神社には彼女らが祀られ、伝承もありました。
(「射手引神社 1 ~神功皇后と高良神の熊襲退治~」) アメブロのサイト

射手引神社には、

香椎宮として、住吉神と神功皇后。
貴船神として、高龗神と岡象女神。

☆住吉神=高龗神=饒速日命。
☆神功皇后=岡象女神=豊受大神=織姫=瀬織津姫=御炊屋姫(饒速日命の后)。

 

*全て、高良神(住吉神)と神功皇后にたどりつきます。

彼らは饒速日命と御炊屋姫命であり、天照大神と豊受大神。

 

高良の伝承では、彼女と高良神は夫婦であり、共に戦っています。

彼らが熊襲を退治したのです。
故に、その社や山に祀られる。

 

彼ら自身が四座と脊振などで神事を行い、神の結界を張ったのです。

神功皇后が福岡の山々に登ったのはその為でした。

 

英彦山の大己貴神は饒速日命。
そして住吉神。
宗像神は、御炊屋姫であり、瀬織津姫。
そして神功皇后。

 

住吉神と宗像神、瀬織津姫。
彼らは、記紀の祓いの神です。

 

< 光の柱 >

いつもアメブロでコメントをくださる、天澤さんに言われて気づきました。

グリッドワーカーと言うそうです。

 

神事とは、これのことではないのか。

光の柱を立てる。

その光の柱が繋がり、結界ととなる。
まさにそのままです。

 

それは那珂川の安徳台で見ました。
神を一柱と呼ぶのはその為です。

 

 

( つづく )

 

現在、英彦山上宮は改修工事の為、一部登山道が通れなくなっています。

正面道は行者堂まで。

南岳、北岳は山頂まで。
南岳~中岳~北岳の縦走路も立ち入り禁止。

バードライン、北西尾根も登れません。

Screenshot_202212230853452

上宮前のドウダンツツジ。

改修後も残ってるといいなぁ。

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

2022年12月13日 (火)

祓いの神 3 ~鎮座する神~

(「祓いの神 2 ~龍の道~」)の続きです。

今までのと重なりますが、それぞれの山に祀られている神を検証します。
それが神事をした者。

Harainokami01_20221213131001

(地図はGoogle map)

1 英彦山

当初は大己貴神、宗像三神が鎮座。
後に天忍穂耳命に譲る(*次の回で解説)
天忍穂耳命が天照大神の子なので、日子山。

 

2 飯盛山

誉田別命、伊弉諾尊、玉依姫、
中宮は五十猛命

(「結びの山 その4 ~飯盛山登山(上宮)~」)

 

3 高良山(高良大社)

高良神と豊比咩、市杵島姫命
高良は物部の領地であり、祖神が祀られていた。

(「神の鉾 2 ~高良玉垂宮神秘書」)

 

4 笠置山

饒速日命の降臨地。
近くに天照宮があり、御祭神は、天照国照彦天火明櫛玉饒速日命

八幡大神、春日大神、応神天皇、天児屋根命
(笠置山から移された=お山と神社は同じ神)

摂社に、鹿島神社(鹿島神、菅原神)
諏訪社(建御名方神、素戔嗚神)
西海九神社(底筒男神、中筒男神、表筒男神、底筒少童神、中筒少童神、表筒少童神、八十禍津日神、大直日神、神直日神、瑞津姫
住吉神社(底筒男神、中筒男神、表筒男神)
疫神社(八十禍津日神)
笠城神社(饒速日命)
穂掛神社(饒速日命)
他に、日吉神社、貴船神社、剣神社、須賀神社など。(福岡県神社誌より)

(「天照宮 ~福岡県宮若市~」)

*当社が饒速日命を祭祀して天照神または天照大神と奉称せるは旧事本紀の故実を体し神威の宏大無辺なるを敬仰せるに依る所なりと伝ふ。(福岡県神社誌 原文まま)

5 射手引神社、柿木

射手引神社
神功皇后
住吉神

柿木は、稲荷神

(「射手引神社 ~神功皇后と高良神の熊襲退治~」)アメブロの記事

 

6 冷水峠

伝承では、神功皇后と高良神

側の大根地山の大根地神社
天神地神と、稲荷神

(祀られてるのは須佐之男命と大市姫命。

稲荷神社なので、本来は稲荷神である饒速日尊と市杵島姫命。)
→声が聞こえる。下はその時の。

(「冷水峠の羽白熊鷲 ~その3 * 声~」)

 

大根地山に神を召喚したのは、神功皇后。

(「二つの伝承 6 ~大根地山(2) 地球樹~」)

(「二つの伝承 7 ~冷水峠~」) 

 

7 脊振山

脊振神社

市杵島姫命(弁財天)と毘沙門天
下宮、田心姫神、市杵島姫命、瑞津姫命、弁財天、不動明王

筑紫島の四つの面 4 ~建日向豊久士比泥別~」)

 

******************************

これらの神を並べます。

1 大己貴神

2 誉田別命、五十猛命
3 高良神

4 饒速日命、八幡大神、春日大神、応神天皇、天児屋根命、住吉三神、鹿島神、日吉神、貴船神など。
5 住吉神、稲荷神、歳神(稲荷神なので須佐之男命と大市姫命ではない)

6 高良神、稲荷神(歳神)
7 毘沙門天


1 宗像三神
2 玉依姫

3 豊比咩、市杵島姫命

4 瑞津姫(宗像三神の一柱)

5 神功皇后

6 神功皇后、(市杵島姫命)

 

これらの神は、すべて饒速日命と、御炊屋姫にたどり着いています。

故に、共に祀られていたのでした。

以下、リンク。

(「御炊屋姫と瀬織津姫の名の意味 ~「儺の国の星」の炊屋星~」)


大物主神=饒速日命=天照大神。

御炊神=御炊屋姫=豊受大神。

建葉槌神=織物の神=瀬織津姫=御炊屋姫=市杵島姫命=弁財天

☆高良(安曇磯良)神=武甕槌神=春日神=大国主神=大物主神=饒速日命。

☆天照大神=饒速日命=大物主神=天火明命=櫛玉彦=穂雷神=高良玉垂神=住吉大神=八幡大神など

☆豊受大神=宇迦之御魂神=市杵島姫命=豊比咩大神

宗像三女神=市杵島姫命=神功皇后=御炊屋姫。

五十猛命=高良神(饒速日命)であり、
甕依姫=宝満大神(玉依姫)=神功皇后です。



< 祀られる神々の名 >

 

天照宮のように多くの神の名が祀られてる宮について。


その一つに奈良の登弥神社があります。
ここも登美饒速日命が祀られる社。

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東本殿  高皇産霊神 誉田別命  
西本殿  神皇産霊神 登美饒速日命 天児屋根命

摂社
祓殿社  瀬織津比売 速秋津比売 気吹戸主神 速佐須良比売神 表筒男神 中筒男神 底筒男神
豊穂神社  大日霎命 豊受比売神 天宇受女神
山室神社  大物主神 菅原道真
荒神神社  大山祇神 庭高津日神
比良神社  猿田彦神 大己貴神 八重事代主神

 

すべて、彼らです。(菅原道真公以外)

二つの社は饒速日命と御炊屋姫を祀る。

 

これらの神は、名を替えられた彼らであることを伝えているのです。
神の名の多さは、神の軌跡を伝えようとしていることに他なりません。

 

そして、この社にありました。
彼らは「祓いの神」でもあったのです。

 祓殿社、瀬織津比売、速秋津比売、気吹戸主神、速佐須良比売神、表筒男神、中筒男神、底筒男神

 

それは彼らが、「イルヰ(異類)」「羽白熊鷲」退治をしていたからです。

 

魔を祓う。

山々で神事を行い、結界を張った。
その彼らの「働き」から、祓いの神の名が作られたのです。

 

彼らの功績。

信仰する一族の名。

土地の名。

職業の神。

と名を替えられた彼らを記したものが紀記なのです。

 

 

もう一つ、1の英彦山の神について。

 

( つづく )

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用、転載はご遠慮ください。




2022年12月12日 (月)

祓いの神 2 ~龍の道~

(「祓いの神 1 ~レイラインの渦~」)

< 神の気(柿木) >

「柿木」も特殊な場にありました。

射手引神社や柿木は、図1の3になります。
冷水峠(2)を挟んで反対側に、脊振山(1)があります。


脊振はとても強い霊山。
久士布流(くしふる)岳、櫛布留岳はこのお山のこと。

櫛玉饒速日命、布留神、彼の名を冠するお山です。
「二龍が背を振るう山」と言われ、二龍が祀られてます。

(「筑紫島の四つの面 4 ~建日向豊久士比泥別~」)

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(図1 地図はGooglemapより)


この図を見て繋がりました。
基山の頂上で感じた「ライン」。

あれがそうなのか。

それは脊振から大根地山に向かっていました。 
図2の1の脊振から、2の大根地山への流れです。

(「二つの伝承 5 ~大根地山 登山 (1)~」)

(「二つの伝承 6 ~大根地山 登山 (2)~地球樹」) 

これが「龍の道」。
神の強いエネルギーが通る道。

しかしこの様子は、今のもの。
遠い昔、これをつくったのは彼らです。

なぜなら、そこに彼らが祀られているからです。

 

< 鬼門 >

柿木(射手引神社)の地は、大根地山の鬼門に当たります。
「鬼門」の言葉は後の世から使われますが、事象は前から存在しています。

聖のエネルギーの反対に、必ずある闇。

また、あの地は、今でも狭間にあるように感じます
あいまいでとても美しい。

一番近い言葉は、異界との狭間。
聖が強くなければ、魔が集まる。 

 

狭間にあり、鬼門。

柿木はそういう場所にありました。
だから、羽白熊鷲が現れたのです。

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(図2 地図はGoogle mapより)


四座がつくるレイライン。

それが中央の冷水峠でぶつかり、渦を巻きます。
(「祓いの神 1 ~レイラインの渦~」)


そこに加わる、
南東の脊振からの青い線が聖のエネルギーの流れ。

北東(鬼門)からの紫の線が負の流れ。

 

中央のシタクラツクシの坂(冷水峠)の渦から、命尽くしの「イルヰ(異類)」が現れる。
これが羽白熊鷲、熊襲。

 

それは、鬼門であり、狭間にある「柿木」にも現れた。

それらを退治したのは、神功皇后と高良神です。
(高良玉垂宮神秘書)

その後、山や土地で神事をし、結界を作った。
だから脊振にも、四座にも、射手引神社と柿木にも、彼らが祀られているのです。


脊振の「二龍が背を振う」
そう謳われた二龍は、名を替えられた彼らです。

それ故に、今でも神の強いエネルギーをこの地で感じられるのです。

 

それが龍の道。

 

( つづく )

 

補足

*本来、レイラインの起点には遺跡などがある。
四座には、もともと何かあったのかもしれない。

 *何ヶ所にも出た羽白熊襲。
なのにこの場所だけこの気配。
もしかすると、狭間だから、(この辺りのものは)ここから湧いて出たのかも。

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。




2022年12月 5日 (月)

祓いの神 1 ~レイラインの渦~

筑紫島の四つの面」のシリーズを書いていて、気づいたことがありました。
  それは、射手引神社の回と繋がっています。

→☆射手引神社 2 ~神の気~

射手引神社に記された、神功皇后が神々の援護を受けた地。
それが「柿木」です。

 

その語源は、おそらく「神の気」。
この土地に来た時感じたものです。


神の気配を強く感じる土地。
ゆらぎの向こうに垣間見えるような、曖昧さ。

それに気づいて、思い出しました。

冷水峠もこんな気配があったのです。
そこは、特殊な場所にありました。

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(図1 地図はGoogle mapより)

1 英彦山(元は、大己貴神と宗像大神)
2 飯盛山(五十猛命、伊邪那美神を祀る)
3 高良山(高良大社)
4 笠置山(饒速日命の降臨地とされる)

 

四座はすべて饒速日命が祀られています(名を変えられている。後に詳細)。
冷水峠は、これらの山が結ぶレイラインの真ん中にあったのです。

ここが、したくらつくし坂であり、命尽くしの神である羽白熊鷲が出たところ。

それを退治したのも、高良の神と神功皇后です。
(饒速日命と御炊屋姫)

 

神功皇后は側の大根地山に神を招き、助力を得て退治しました。
その大根地山で感じたのは「要」。

地球のエネルギーがあふれるところ。
イメージを表すのならば、「地球樹」。

→☆二つの伝承 6 ~大根地山 登山(2)地球樹~

レイラインの中心はエネルギーの集まる処です。
集まるエネルギーは渦を生み出し、特殊な磁場を持つ。

良いもの、悪いものが集まり、混沌を生み出す。
それ故に、「羽白熊鷲」が現れたのです。

 

レイラインの中心地で、エネルギーが集まる
    ↓
渦ができ、雑多なものが集まる
    ↓
羽白熊鷲が現れ、「命尽くす(筑紫の語源)」
    ↓
高良神と神功皇后が来る。(饒速日命と御炊屋姫)
    ↓
大根地山に神を下ろし、良い方へとエネルギーを整えてもらう
(力強い地球のエネルギーがあふれだす「地球樹」)
    ↓
羽白熊鷲を退治。
    ↓
この後に、上の四座に饒速日命達が呪術を施す。

これが、「饒速日命が降臨した」という伝承となる。
(後に触れます)

 

大根地山は未だに、要として機能しています。
山頂近くに社もあります。

ここの他にも、日本各地のレイラインの中心地、起点には、必ず寺社などがあるはずです。


では、射手引神社や柿木は?


( つづく )
 

楯崎神社*伝承の真実)シリーズの再編になります。

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

2022年12月 4日 (日)

射手引神社 2 ~神の気~ (改訂版)

射手引神社の扁額にある、香椎宮と貴船宮。

二つの宮は同じ神でした。
当たり前です。

この地は、神功皇后の伝承地。

Screenshot_202211291655002


香椎の神とは神功皇后。
中筒男神は住吉神(高良神、饒速日命)。

貴船の神は饒速日命。

ここは、彼女と高良神が羽白熊鷲を退治した土地です。

彼らを祀るのは、その後の土地の安寧を願う事にもなるのです。
彼ら以外であるはずはありません。

(またそれは、この社にある二つの宮の神は同神であることを証明しています)

 

*手力男神は、伊野天照皇大宮にも天照と共に祀られる神。
同神でなければ、一緒に行動していた者の一人か。
かの神は「伊野天照皇大神宮」にも祀られていました。
この神は分かりません。

 

社の裏山に登れます。
約三分で「天神社」。

Screenshot_202212040955472

Screenshot_202212040955512

 

「彼ら」が祀られる多くの社には、天神様が祀られています。
「永遠にお守りすると誓ったから」だそうです。


(確定では無いですが、「天満宮に神として祀られている道真公」も饒速日命かもしれません。
現人神は、住吉神と北野の神(道真公)を意味します。


< 貴船宮の杜 >

射手引神社を求めて、初めてこの地に来た時、幻影を見ました。

鬱蒼とした森と、清らかな川の流れ。
森の中に降り注ぐ、天からの光の帯。
天とのあいまいな境界。

社伝にあった記述を見た時、それと重なりました。

<神功皇后が休み、雲間から光と共に、神の援軍(天の射手)が来られた>

その地は元の貴船宮の杜の場所であり、柿木と書かれてありました。

そこへ行きたい!


車で通った時にその名を見ました。

Screenshot_202212041008202(地図はGoogle map)

嘉麻市役所の山田庁舎の側に「柿木」という交差点あり。
側には「五社稲荷神社」と、稲荷山がありました。
ここに間違いありません。
稲荷神=饒速日命です。

Screenshot_202212040956022

射手引神社から400m。
川を渡ってすぐでした。

Screenshot_202212040956072

さらに上へと登りました。

Screenshot_202212040956152
ここが稲荷山山頂。
三角点はありません。

Screenshot_202212041008272

ここが柿木の杜。

彼らの伝承地であるから、後に「貴船宮の杜」と呼ばれたのでしょう。
饒速日命=貴船神=稲荷神。
だから、稲荷神が祀られているのです。


ここに立った時見えた光景がありました。

 

たくさんの人が宴会をしているのです。
古代人(角髪を結った)人達が酒を酌み交わしていました。

笑い、踊り、とっても陽気な雰囲気。
打ち上げか!爆笑

(普段、あまり見えたりしません)

 

おそらく、柿木の語源は、「神の気」。
この土地に来た時感じたものです。


神の気配を強く感じる土地。

ゆらぎの向こうに垣間見えるような、曖昧さ。

 

ここは、天の射手が雲間から現れ、加勢した地。
もしかすると、未だに「天との距離」が近いのかもしれません。

神の気配が色濃く残る土地なのです。

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。



2022年11月29日 (火)

射手引神社 1 ~神功皇后と高良神の熊襲退治~(改訂版)

(以前の記事に追記をしています)

福岡県嘉麻市上山田

射手引(いでひき)神社があります。

神功皇后が熊襲を退治した伝承がありました。

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境内には素敵な神功皇后の像があります。

かっこいいですね。
大好きです。

Screenshot_202211291654422
長めの階段を上がり、

Screenshot_202211291654492

 

鳥居。
写真からもパワーを感じます。
様々な貴重な情報が詰まってるので、神社のHPから引用、要約させていただきます。
(「射手引神社 HP より)

古くから、香椎宮・貴船宮と称している。
御祭神
【旧香椎宮】
仲哀天皇
神功皇后
仲筒男神

【旧貴船宮】
岡象女神(みづはめのかみ)
龗神(たかおかみのかみ)

手力男神(たぢからおのかみ)

Screenshot_202211291654552

拝殿。

【社伝】

古処の山麓や当地に住む羽白熊鷲なるもの良民を苛む
神功皇后これを討伐するおり難渋され給いて
貴船宮の杜にて休らいて 神々の御加護を祈り給う
雲々の間より光と共に手力雄命 天の射手を率い御加勢給い征伐叶う
神功皇后 貴船の神々と共に手力雄命を併せ
射手引大明神と称して祀り給う

後に里人 香椎宮(福岡市東区)より御祭神を戴き 尾浦の地に祀り奉る

(「射手引神社HP」 より)

Screenshot_202211291655002

冷水峠にいた羽白熊鷲は、大根地山の神々の助力により、その地で退治されています。

 

古処山の山麓にいた「羽白熊鷲」は、この地にも出没し、土地の人を苦しめていました。
冷水峠のものと別のものです。

神功皇后は、これを討伐する際、難渋される。
貴船宮の杜で休まれた時に、神に加護を願った。

雲の間より現れたのが手力男(雄)命。

天の射手を率い加勢した。


神功皇后は、貴船の神々と共に手力雄を併せて、射手引大明神として祀った。
 

Screenshot_202211291655062

扁額に並べてある香椎宮と貴船宮。

同じ社内、摂社、末社に祀られる神は、同神または夫婦神です。


<< 香椎の神 >>


香椎宮、神功皇后。

仲哀天皇。

「記紀の伝承」でも、この時はすでに仲哀天皇は崩御してます。
いるはずのない仲哀天皇が御祭神。
元から、「仲哀天皇」はいなかったのです。

仲筒男命の名があります。
「中筒男命」なら、住吉三神の一柱。
(仲哀天皇と被せてるのか)

神功皇后と共に行動し、夫婦であったのは住吉神の底筒男神。
彼が高良神です。

住吉三神とされますが、真実は一柱。

饒速日命です。



<< 貴船の神 >>

 

<  岡象女神  >

 

貴船宮の岡象女(みずはめの)神。
京都、籠神社の奥宮の相殿に祀られる。      

本殿には、豊受大神。

同じ神であるので、祀られているのです。

 

豊受大神=岡象女神=神功皇后。

彼女は饒速日命の后であった御炊屋姫です。
(大神神社の摂社の御炊社の神=御膳津神=豊受大神)

神の鉾 番外編 ~二柱の天照~



< 高龗神 >

貴船の神、高龗神も饒速日命です。
京都、貴船神社にも高龗神は祀られており、彼に繋がります。

 

神社のHPに「高龗神」について、古事記、日本書紀の引用がありました。
(「龗」は、雨に口三つに龍。龍という意)

貴船神社HP より 要約)
 ***************

 

古事記には、伊弉諾尊が火の神を斬った剣から滴った血から生まれた神が闇龗神とある。

 

日本書紀にはこうあった。
伊弉諾尊が剣を抜いて、
軻遇突智(かぐつち)(火の神)を斬って、三つに絶たれた。

その一つは雷の神になった。
一つは大山祇(おおやまつみ)となった。
一つは、高
龗神となった。

と闇は、同神である龍神。
は「山上の龍神」、闇は「谷底暗闇の龍神」。

 

**********************************************


高龗と闇龗は同じ神(龍神)だとあります。

さらに、古事記の記述から分かる事。
「かぐつちを斬って三つに絶たれた」とは、元々一柱の神であり、同神である。

*雷の神である武御雷神は、住吉神であり、饒速日命。
高良神(住吉の底筒男神)は、春日神、常陸の神、勝馬(福岡の志賀神)と同じ神(「高良玉垂宮神秘書」)
住吉神=春日神=常陸神(鹿島神)=武御雷神

神の鉾 4 ~天照の分御霊~

 

*大山祇の神は、日吉神であり、饒速日命。

 

高龗神は、龍神=饒速日命。


それぞれ、饒速日命にたどり着いています。

また、貴船神社には、「天の磐船」が祀られる。
天の磐船=饒速日命。

同神であるから祀られているのです。

*日本書紀、古事記により、神の出自、属性は違います。

そこから親等など、決めつけるのは無意味です。



< 天磐船神とは >

 

福岡に天磐船神を祀る神社があります。
七夕神社と呼ばれる「媛社(ヒメコソ)神社」。


ここにも二つの扁額あり。
天磐船神として天火明命。
棚織(たなばた)神として袴幡千千媛命(たくはたぢぢひめのみこと)が祀られます。

 

☆天磐船神=天火明命=饒速日命。

袴幡千千媛命は天火明命の母とされます。
しかし、母子で七夕の伝承は成立しません。
「織姫」は妻である者。

袴幡千千媛命では無いのです。

 

ここから、彼女は「瀬織津媛」でもある、御炊屋姫、神功皇后へとにたどり着いてます。

御炊屋姫と瀬織津姫の名の意味 ~「儺の国の星」の炊屋星~

御炊屋姫を追って ⓽ ~大神神社の炊屋社の豊受大神~

 

記紀や神社の伝承は、そのままの「事実」ではなく、暗号のようなものだと思えばたどり着けるのです。

 

 


< 射手引神社の御祭神 >

射手引神社には、

香椎宮として、住吉神と神功皇后。
貴船神として、高龗神と岡象女神。

☆住吉神=高龗神=饒速日命。
☆神功皇后=岡象女神=豊受大神=織姫=瀬織津姫=御炊屋姫(饒速日命の后)。

 

香椎宮と貴船宮。

二つの宮は同じ神でした。

 

 

( つづく )

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

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