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2023年7月31日 (月)

大元神社*宇佐神宮*奥宮 ~おもと古道 2~

 続き。

今回は、宇佐神宮から、おもと古道を通って奥宮・大元神社まで。
Usa44

宇佐神宮

 

Usa47

 

本殿から見える御許山(おもとやま)にある。

 

Usa48

 

大尾山から尾根伝いに行けるとのこと。
それがおもと古道。

神官さんが通った道。

参拝者もたくさん歩いたことでしょう。

 

宇佐神宮から奥宮へ。
歩いて繋ぎたい。

 

何時の時代でも、人の想いは変わらないのだ。

 

Usa54大尾山の麓の鳥居

この先に尾根がある!

Usa33_20230731025901

 

Screenshot_202307301602362(地図はYAMAP)

八幡神社から、尾根沿いに南の奥宮に伸びている青い線がおもと古道。

その距離、7.5キロほど。

 

Screenshot_202307301602412

途中にこんな表札が何度かあった。

ほとんどが林道で、山に慣れてる人なら歩きやすい。

Screenshot_202307301602562丁石

大鳥居から大元神社までの拝殿に一丁(約100m)ごとに立てられた道しるべ。

20221127090637_img_9067_20230731030301

硯石

古来よりここで武内宿禰命(たけのうちすくねのみこと)が御許山参拝者の人数を数えているといわれ、この大岩は命が用いる硯が変化したものといわれています。(案内板より)

 

ご祭神、八幡神は、武内宿禰と同神。

ここは彼らのお山だから、彼らがいる証として伝承があるのだ。

 

武内宿禰は高良神(住吉神)であり、神功皇后と夫婦であった。(高良玉垂宮神秘書)

(→☆神*総まとめ )←ここには武内宿禰は書いてないが。

Screenshot_202307301603022_20230731030701

首なし地蔵
ここから境内。
廃仏毀釈の折に壊されていた。
今でも境界の役目があるようで、

Screenshot_202307301603062

雰囲気が一気に変わった。

 

Screenshot_202307301603132

御許六坊跡

近世末まで存在した僧侶の住居跡です。
山道西側上より石垣坊・西ノ坊・谷ノ坊・東側上より東ノ坊・椙洞院・成就坊となります。

(案内板より)

 

やはり廃仏毀釈の折に壊されたよう。
宝満山や英彦山、脊振に広がっていた光景が、ここにもあったのだ。

一度融合してしまった神や仏は、切り離せるのだろうか。

ここや、宝満山、英彦山や、脊振が賑わっていた在りし日の姿を見てみたい気もする。

20221127093922_img_9091

もうすぐ。
二手に分かれていたが、右へ行った。

20221127094033_img_9095

 

20221127094917_img_9110

宇佐神宮の奥宮*大元神社

比売大神(宗像三女神)が降臨した地。

 

しかし、本当に降臨した訳ではない。
この地に祀られている神の、神奈備。

人の想いや祈りは、その土地の神奈備に集まる。
それは神の力となる。

故に、人の想いが神を形作っていると言える。

 

だから、「今も降臨し続けている」のだ。 

20221127094745_img_9105_20230731030501

 拝殿の奥

奥宮のある大許山の山頂は、禁足地になっている。

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御神木

20221127094939_img_9111-1_20230731030901 大元八坂神社

八坂の神。

祀られているのは、彼らと同神。

八坂の神は須佐之男命。

神話では、宗像三神の親に当たる。
しかし、親子で祀られるより、夫婦で祀られる方が自然である。

「親族」でもない、宇佐神宮の奥に祀られている、住吉、春日、北辰(天御中主神)の神はもっと不可解だ。

高良玉垂宮神秘書には、両神は高良神の同神と記載がある。
彼は祇園の神でもあった。

☆→神*総まとめ

「宇佐の神」の一柱である八幡神は、住吉・春日・八坂(スサノオ命)でもあるのだ。

20221127095050_img_9112-1_20230731033101大元八坂神社。

 今回は周回なので、先を急いだ。

次に来た時はまったりしたい。

20221127103954_img_9134_20230731030901御神木

奥が奥宮。
御神木が光ってるように見える。

 

この後、雲ヶ岳へ向かう。

途中、正覚寺登山口から上がって来た方々と出会った。  

Screenshot_202307301603342

正覚寺登山口からの登山道。
1時間ほどで比較的楽に登れるようで、普段着の格好の方もおられた。
靴などはしっかりしたものを。

Screenshot_202307301603372

雲ヶ岳の山頂

 

また、奥宮へ戻ってから、高畑山へ向かう。

20221127100202_img_9123

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神籠石

 

また、奥宮へ戻ってから、高畑山へ向かう。

Screenshot_202307310438532

高畑山(宇佐百山の一つ)

Screenshot_202307301603452

 

尾根沿いの道なき道を下山して、車道を6キロ歩いて元の駐車場へ。

 

周回すると、マーキングした気持ちになる。

(一番近い感覚は、結界を張ったような)

何時でもそこと繋がれるような。

 

次に行く時は宇佐神宮から奥宮までピストンしよう。

楽しかった!

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどの無断使用はご遠慮ください。

2023年7月30日 (日)

宇佐神宮~奥宮 ~おもと古道 1 ~

宇佐神宮の奥宮へー!
(行ったのは去年の12月)

福岡から車で下道を3時間。
着いた時は、星が見えていた。

宇佐神宮の鳥居とオリオン座!

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街中なのにこんなに星がある。
スタート前に一眠りしようと思ってたら、星を撮りまくってて寝られず。

 

宇佐神宮は5時半から参拝できる。
上の写真でも6時過ぎ。

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7時前スタート。
この時間誰もいない。
満喫爆  笑

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本殿がある小椋山の鳥居。

本殿は小高い(低い)山の山頂にある。

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大きい。

昼間は人が多くてなかなかこんな写真は撮れない。

Usa41

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ようやく夜が明けた時間。

右手にあるのが授与所。

Screenshot_202307261808012

本殿~!
誰もいない。

独り占め。

朝イチのお社は気持ちがいい!

Usa44

正面から。
いつも人が多いのでこのアングルはなかなか撮れない。
左から一の殿 八幡大神。
正面、二の殿 姫大神(宗像三神)
右、三の殿、神功皇后。

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三の殿奥に、住吉神。

一の殿奥に、春日神、中央左寄りに北辰神(天御中主神)の社があった。

八幡神と同神であるからだ。

☆→神*総まとめ

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美しい。

神官さんが祝詞をあげていらっしゃった。

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この奥に見えるのが、

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御許山。

宇佐神宮の奥宮がある。

正面のお山の左端。

これから、あっこまで尾根沿いに歩き!


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外宮への道。
ここも素敵。

 

Usa50

外宮の拝殿。
これから、奥宮へ!

 

****

 

 前に行った時の記事。

☆→宇佐神宮 ~祀られる神々~

 

*宇佐の神、住吉の神と呼ぶ場合、祀られている全ての神=二柱を意味することと、単体の一柱を意味する場合がある。

 

( つづく )

 

 

*記事内の考察や写真、イラストなどは管理人に著作権がありますので、無断使用はご遠慮ください。

 

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2023年7月24日 (月)

宝満山の神 ~玉依姫と神功皇后~

福岡県の宝満宮竈門神社。

Screenshot_202307241414132

 

ご祭神は玉依姫と神功皇后、八幡神。


二柱は同神であり、高良神の后である。
彼は物部の祖神、饒速日であるので、彼女は御炊屋姫だ。

☆→神*総まとめ

 


☆神功皇后と神秘書

以前、高良玉垂宮神秘書を紐解いていた時、気になる文があった。

 

三韓を神功皇后には玉水を持って、退治し給う。

文永には妙火をもって退治あり。

弘安には大風を吹かせたまう。

水、火、風、これ三つにして退治あり。

神功皇后 聖母大菩薩となりたまうなり。


三韓とはの件もある。

異国に三韓と申せば、新羅、高麗、百済国

神功皇后には、玉水をもって退治し給う。

聖母大菩薩なり。

 

しかし、神話や伝承における「三韓征伐」は、彼らの異類退治の可能性が高い。

「三韓征伐」は無かったとみている。


気になったのはこの一文。

文永には妙火をもって退治あり。

弘安には大風を吹かせたまう。


文永、弘安と言えば、元寇。

彼らの時代よりずっと後。

なぜ、元寇のことで神功皇后が?と思っていたら、このような伝承があった。

 

元寇の時、宝満山に登り、彼らの退散を祈ったという。

二度の襲来の際、嵐が起こり、見事に退散。

宝満山がますます信仰の対象になったという。

 

Screenshot_202307241414022

神秘書と繋がった。

ゆえに神功皇后が、聖母大菩薩とされたのだ。

元寇を退けた神として敬われたのだ。

 

彼女と別の神であるならば、その対象が、主祭神として在る玉依姫の方になるのでは。

 

宝満山の神。

それが神功皇后なのだ。

 

宝満山は未だに人の心をつかんで離さない。

八千回や三千回登ってる方。

雨でも嵐でも登る方。

豪雨の中のテン泊。←ちょっと無理!

 

みんな宝満山が大好きなんだ。

辛い石段を登り切れば、上宮が迎えてくれる。

ご来光や夕日。

見渡す全てのもの。

登る度に知り合うなじみの人々。

与えてくれるものは計り知れない。

神の具現化。

それが山であり、祈りの対象のお山。

福岡では、宝満山なのだ。

 

神功皇后、ありがとう。

 

 

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2023年6月 6日 (火)

美奈宜(みなぎ)神社 1 ~荷原*神功皇后の伝承地~

続きです。

☆→饒速日命と神功皇后 2 ~大国主神の正体~

前回の記事にあった、荷原(いないばる)の美奈宜神社。

福岡県朝倉市荷原2421
ここにも神功皇后の伝承があった。

20220909114618_img_3941

 

20220909114833_img_3944

(以下、ご由緒書きより抜粋)

ご祭神 天照皇大神、住吉大神、春日大神、

相殿 神宮皇后(神功が宮の字、以下そのままで)、武内宿祢

第14代仲哀天皇は古処白髪山を本城とする敵「羽白熊鷲(はねしろくまわし)」を討つため軍を進められていたが途中病気で急逝。

しかし神宮は喪を秘して武内宿祢等を従えて喰那尾山頂(ここから北西200m)の地で陣をしき謀議の末賊を討たれた。

これはお告げをうけた三神の助であるとして美奈宜川上「池辺」(ここから東へ300m)の地で戦勝奉告をされた。

後に仁徳天皇(神宮皇后の孫の勅願により「池辺」にこの神を祭るようになった。(西暦312年頃)後世ここを「本宮」と云う。

遷宮

1、(年省略)喰那尾山頂の陣跡へ。

2、大宮谷(ここから100m上へ)

3,領主秋月種実の頃現在地へ。

20220909120426_img_3945


仲哀天皇は、香椎宮で亡くなったという、事細かな記載が記紀にある。

神功皇后の神がかりの際、「羽白熊鷲よりも先に、新羅へ行け」という神の言葉に異を唱えて、その場で崩御したのだ。
傍らには神功皇后と武内宿祢。

 

しかし、彼女らはそのお告げを無視し、羽白熊鷲を退治しに秋月へ向かう。

何故?と疑問だった。

 

一方でこの由緒書きのように、仲哀天皇は羽白熊鷲との戦いの中で崩御してる。
(病気説とか色々ある)

どちらにしろ、矛盾があるのだ。

これは架空の仲哀天皇を作り、伝承を織り交ぜた結果だと思われる。

彼らは同神なのだから。

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立派な神門。

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拝殿。

20220909121412_img_3953

 

摂社として、宮地嶽神社。
(奥の祠を撮らなかったので拡大してください)

福津市の宮地嶽神社には、神功皇后と武内宿禰などが祀られてる。
摂社、末社などの神は、すべて同神。(後世の人は除く)


20220909121710_img_3956

本殿、斜めから。
由緒書きには、

喰那尾山頂(ここから北西200m)の地で陣をしき謀議の末賊を討たれた。

とあった。

北西とは神社の裏山。

本殿に向かって、左側に山に向かう林道がある。


Minagi01

写真の左側の道。

いざ、入山。しばらく林道。

やがて尾根道を歩く。

Minagi04

踏み跡も無い。

幾度目かのピークを越えて、その奥のピークに向かう。

Screenshot_202306061118402

(地図はYAMAP)

入山する前にもしかしてと思った。
奥にある道路からの方が早いのではと。
でも喰那尾山がどこか分からないので、社から上がって行きたかった!

上の地図より奥のピークへ。
道路に近い方だった。

まあ、山行してたら良くあること。

20220909131512_img_3975

あ!社があった!
美奈宜神社上宮跡とある。

20220909125843_img_3973

「喰那尾神社 上宮」でもあるそう。

この社の先、来た反対方向を見ると、

Screenshot_202306061118502

道の先に紙垂(しで)が見えます。
簡易的な鳥居だ。

やっぱりあっち側から来れたのか~~!
帰りはそちら側から。

Minagi06

5分もしないで、道路が見えた。

鳥居がある。
(写真を撮るために、後ろに下がってる。道は右上の方)

 

20220909131949_img_3984


立派な鳥居。
喰那尾神社の扁額があった。
その下には「上宮参拝登山口」の標識が。

この後、車を置いた美奈宜神社までぐるっと歩いた。
(田んぼの所、下りられる場所が無かった)

 

Screenshot_202306061119332

今登った喰那尾山は、左側で切れている。

ほぼ中央のお山が本宮があったという山。

Screenshot_202306061503412

(地図はGoogle map)

右下の美奈宜(荷原)とある場所が本宮跡。

(勝ったのは)お告げを受けた三神の助けであるとして、神功皇后が戦勝奉告をしたとされる地。

美奈宜神社に行く前に、そちらに車で行っていた。

Minagi07

旧宮地とある。

Minagi08

 

Minagi09

 

十六代仁徳天皇三年勅願に依り此の地に勧請された後世ここを本宮と言ふ

とあった。

Screenshot_202306061521562

(地図はGoogle map)

 

周辺の地図。

中央左が、神功皇后の伝承地の喰那尾神社(美奈宜神社上宮)

その下に中宮跡。

その下が美奈宜神社。

川を挟んで、右に美奈宜神社の本宮跡。

Screenshot_202306061510592

(地図はYAMAP)

Google mapを拡大して知った。

美奈宜神社の中腹に中宮があるよう。

上の★マーク辺りか。

倒木など凄いそうだが、ここも行ってみたい。

 

次は林田の美奈宜神社へ。

まとめはそちらで。

 

( つづく )

 

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2023年3月30日 (木)

神の系譜*豊受大神 篇 3 ~高良大社の豊姫*豊受大神~

前回の続きです。

*高良大社の高良神は、住吉神であり、饒速日命(天照)。
*住吉神は神功皇后と夫婦であり、共にイルヰ(羽白熊鷲・熊襲)退治。
*饒速日命と御炊屋姫は夫婦=
  神功皇后、甕依姫(卑弥呼・ひみか)は、彼の后の御炊屋姫。

 

< 高良神・饒速日命の后 >

ホツマツタエでは、天照(饒速日命)には12人の后がいるとされますが、すべて同神です。
すべて名を変えた彼女。

彼、饒速日命を祀る高良大社の伝承、高良玉垂宮神秘書には、三柱の住吉神の名があります。
その内、末の底筒男神の后が神功皇后。

長男の上筒男神の后が豊姫であり、これが神功皇后の妹。
次男の中筒男神は(なんと)神武天皇です。

(☆→神の鉾 5 ~月神の二つの珠と十種神宝~)


しかし、住吉神は一柱。
では、神功皇后と豊姫は同神であるということになります。

実際、高良大社の本殿には高良神と共に豊比咩(とよひめ)が祀られているのです。
夫婦でないものを一緒には祀りません。

彼女が神秘書の神功皇后です。

この豊比咩(以下、豊姫)、もともとは高良山の麓に神社がありました。
別荘地にするというので、手放したのだそうです。

(下の地図の1の場所)

Screenshot_202303300633542

(旧 豊比咩神社*地図はYAMAP)

この地図を見て気づきました。

この旧社地の周りは弁天池の形をなしているように見えます。

実際に行ってみました。
(次回、記事にします)

Screenshot_202303300633572

1を2の場所から見た所。

1は、左のお山の上。

今はこの橋の右手前に厳島神社の小さい祠があります。

しかし、厳島神社の神は市杵島姫命であり弁財天。

かの神を祀ることを示す弁天池の形であるなら、橋を渡る向こう側(1)の場所にあるはず。

しかもこの橋の大きさからすると、相当大きな社(あの小山ごと)になりそうです。
そう思っていたのですが、そこが豊姫の旧社地とは。


これは高良大社に高良神と共に祀られる豊姫は、弁財天であり、市杵島姫命であるということを示します。

 

市杵島姫命(弁財天)から繋がる豊受大神は御炊屋姫でした。

(☆→ 神の系譜*豊受大神編 1 ~御炊屋姫~)

 

つまり、

豊姫=弁財天=市杵島姫命(宗像神)=神功皇后=豊受大神=御炊屋姫

ここでも饒速日命と御炊屋姫は繋がります。
高良神は間違いなく饒速日命です。

 

豊姫は、豊前豊後の神。
その一之宮に祀られるのが、神功皇后と宗像三神と言われる姫大神。*1
彼女らは同神であることが分かります。

また、彼女が御炊屋姫であるからこそ、豊姫は豊受大神でもあるのです。

 

次回、番外編で旧豊比咩神社の探索へ。

 


( つづく )

 

*1 豊前豊後の一之宮
豊前の一之宮は宇佐神宮。
豊後には全国で唯一の二つの一之宮がありますが、その二つの社の神は同神です。

「天照」を祀る宮を格下にするわけにはいかなかったのだと思われます。

*西寒八幡宮*仲哀天皇、応神天皇、神功皇后
*柞原神社*天照大神、月読尊、天忍穂耳命、応神天皇、神功皇后、武内宿禰、イザナギ神、イザナミ神、天児屋根命、経津主神など
すべて彼らと同神。

特に経津主神の名が見える。
石上神宮の神であり、饒速日命。

☆神の系譜 1 ~

☆祇園の神 7 (神話の中の須佐之男命)

☆神話の神 世界の始まりの神

 

 

 

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2022年8月14日 (日)

立山三山周回 2 ~立山三山~別山~雷鳥沢

立山三山周回、二日目。

一ノ越山荘を7時にスタートして、再び雄山(おやま)へ。

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室堂が見えます。
モヤの中から上宮が現れました。

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人がこんなに小さい。

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皆でおお~っと感嘆の声をあげました。
神々しいとはまさにこのこと。

神秘的でした。

神様に会いに。
そんな雰囲気がありました。

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上宮。

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ここからの景色も最高!

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雪渓。

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立山三山の一つ、大汝山へ。

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雄山から25分ほどで大汝山(おおなんじやま)。
ここまで狭い岩場だったので、荷物はすぐ下にデポしました。

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荷物のとこまで戻ると、ゼッケンをつけた人が走ってきます。
なんと!
TJAR(トランスジャパンアルプスレース)!


富山県の早月川河口を出発して山々を繋ぎ、静岡の大浜海岸まで縦断する鉄人レースです。
総距離415キロ!
累積標高差27000m!
それを8日以内に駆け抜けます。

この方、望月さん!
周りにいた皆で応援、拍手!

望月さんは4位でゴールなさって、記録は5日間18時間37分。
凄すぎです!

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ハイテンションなまま立山三山の一つ、冨士ノ折立。

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大荷物を抱えた方が。
この方は前にレースに出てらした方野さん。
2回連続(だったか、2回出るとだったか)で出られないらしく、NHKの臨時スタッフとして撮影機材他を運んでるそう。
なんと40キロ。
凄すぎです。
足元見えないじゃないですか~!

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ツェルトや食料などすべて背負ってます。

山小屋での購入禁止、商店、コンビニなどではOKとのこと。
メットは劔に登られてきたからですね。
早月川河口~早月尾根~劔岳~別山~
と来られたようです。

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真砂岳山頂。
別山へ向かいます。
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Tateyama34

この稜線にときめきますね~!

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Tateyama36
雷鳥沢方面。
遠く地獄谷が見えます。

Tateyama37

別山(べっさん)山頂。
真砂岳から1時間ほど。
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別山は剱岳の遥拝所でもあります。

あこがれ剱岳!
ここまで見せてくれました。
剱人になりた~い!
ここから別山北峰へ。
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別山から往復30分ほどで、別山北峰。
この後、剱御前小屋へ下りていきます。

Tateyama40

剱御前小屋。
ここから雷鳥沢へ。
雷鳥沢からここまでのルートは、剱へ行く人達が使うルートでもあります。
剱沢のテン場にテン泊も。
いいなあ。

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雷鳥沢に下りてきました。

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雷鳥沢のテン場。 

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宿から見た上宮。

夕日に染まってます。
あんなとこによく建てましたね。
人間って凄いわあ。
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次の日、室堂へ向かいました。

Tateyama45
みくりが池と立山の山々。
次にここへ来るときは、剱への単独行ですね!
剱沢にテン泊して行きたいな~。

ありがとう~!立山!
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今回の記録。
ゆっくり目に歩きました。

2022年8月12日 (金)

立山三山周回 1 ~雄山上宮参拝~

アメブロで知り合った愛知の行者さんと、立山に一緒に行くことになりました。

行程は、

一日目、室堂~一ノ越~雄山~一ノ越山荘泊
二日目、一ノ越~立山三山(雄山、大汝山、冨士の折立)~別山~剱御前小屋~雷鳥沢~雷鳥沢ヒュッテ泊
三日目、室堂へ

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室堂のチングルマ。

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玉殿へ。

立山を開山した佐伯少年が、ここへ熊を追い込んだところ、阿弥陀如来と姿を変え、
「白鷹も熊も、すべてはお前に私の思いを託すため。この尊い山に多くの人が信仰をささげられるよう、お前は僧になってこの山を開きなさい」
と告げたそうです。

立山黒部アルペンルートの「立山の昔話」より
https://www.alpen-route.com/enjoy_navi/legend/legend_vol1.html

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一ノ越へ。

鞍部になる一ノ越までは、石畳の道が続きます。

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道中にある祓堂。

昔、立山に登る人はここで御祓いしました。

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一ノ越到着。

室堂からここまで1時間くらい。

一緒に行ったMさん。

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一ノ越山荘。

今日宿泊するので、荷物はデポさせてもらって、雄山に向かいます。
当初、一日目は浄土山を巡って一ノ越へ出る予定でしたが、次の日の予報があまりよくなかったので、天気がいいうちに上宮を参拝しようということになりました。

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ガレ場だらけ。

登りは赤いペイントの通り、下りは黄色いペイントの通りに。
しっかり印があるので迷うことはないです。

なんとー。
小学校へ入る前の子達も親と登ってます。

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一ノ越から1時間くらいで頂上へ。

左にあるのは社務所。
念願のTシャツとお守りも購入!

他にコーヒーなどもあります。

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上宮!
雲の上ですね。

鳥居をくぐったところで、700円お収めすると上宮前でお祓いしてくださいます。

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上宮。

御祭神、伊邪那岐神、天手力雄神。

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本来の頂上はこの岩だとか。

社を建てるため、周りのに石を敷きつめたそう。

山頂標識は右端(切れてる)

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貰いもの写真。

前日まで雨予報だったのが嘘みたいです。
全体的に薄曇りでしたが、山頂だけぽっかりと晴れてて奇跡みたいでした。

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一等三角点「雄山」。

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ワイドで撮ってくれました。

雲海~!

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なんとここで彩雲。

嬉しかったですね。
立山の神様ありがと~!

ここで一ノ越へ下ります。

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明日は、この先へ。

 

立山とは、三つの山の総称です。

頑張った人だけがたどり着ける上宮。
歩ける足があるならば、そこへ行きたい。

そこにあるもの、感じるものは全て神からの贈り物。

 

( つづく )

2022年1月12日 (水)

伊野天照皇大神宮 ② ~山と繋ぐ~

この社で「彼」を祀ったのは、「神功皇后」です。
彼女にとっての「天照大神」。
それは、住吉神でした。

 

私は、瞑想の中で住吉の神と会い、そこから「大嘗祭」、饒速日命へと辿り着いています。
住吉神は、饒速日命だと。
天照神は、彼だと。

天照神、住吉神だという、「饒速日命」。

そして「神功皇后」。
時代が違うはずの二人。
でも伝承では、同じ時にいるのです。

何がどうなっているのか。
それを知りたい。

それが原動力でした。
その答えの先に、今の「未来への鍵」があるのです。

 

山に神在り。
それを感じたのは、ここが最初でした。

ここから、私は山行にはまりました。
山の上の神に逢いたい。

それは、彼女も同じだったのです。

 

山を繋ぐこと。

それは、神を繋ぎ、土地の守りを高める「結界」に他ならないのです。

この地を愛している。
だから、山を歩くことを止めなかったのです。

奈良のお山には、彼女は登っていません。
それは、山で「神事」をするようになった(筑紫での)後、その地には長くはいなかったからです。

一度、山にはまると、この身が朽ち果てるまで、そこへ行きたいと思うようになります。
そこには、神がいる。
そう感じたのなら、尚更です。

 

ただ、ただ、会いに行きたい。

だから、神功皇后は山に登ったのです。

 

私に山の楽しさを教えてくれたのは、間違いなく彼女です。
彼女を追わなかったら、未だに登ってなかったでしょう。

彼女はこの星の素晴らしさを教えてくれました。

 

地球が大好き!
地球を一番愛でてるのは、山に登る自分達に違いない。

山に登る人は少なからずそう思ってます。

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(宝満山山頂の上宮と夕焼け*以前、テン泊した時のです)

頂上で夕陽に感動し、
星に浸り、
朝焼けにため息をつき、
光る苔に命を感じ、
雄大な稜線にときめく。

時にはその場にいた見知らぬ人達と感動を共有する。

この地球がいかに素晴らしい星であるか、
今この時しかない、
この一瞬がどんなに尊い物か
皆で分かち合う。

そんな素敵な瞬間が他にあるだろうか。

彼女に感謝している。
彼女が愛してやまなかった宝満山。

「未来永劫この山を守る」
と現れたという玉依姫は彼女のことでした。

彼女を知らなければ、ここに立つことは無かった。
生きてここにいられて良かったと思うことも無かった。


例え、前世が違っても、その事実は本物。

もしかすると、それが「未来への鍵」なのかもしれない。

 

 

*「神の鉾」

amebloで繋がったことがあるので、次回からUPします。
ココログで書いたことと重なってる箇所があります。

「神の鉾」の続きという形でUPします。

 

追記をせずに、別の話を書くのも無理があって、どうしよ~と思ってたら、UPが遅くなりました^^;

 

2021年12月20日 (月)

宝満山でふたご座流星群☆

もう一週間も経ってしまいましたが。

先週、宝満山の山頂でふたご座流星群を見てきました!
4時間で43個!今までの最高です。

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ふたご座流星群が極大!
しかも快晴だし!
これは宝満山に行かねば!
と、ザックに詰め込み。

長丁場と真冬並みの気温を見越して、ザックにシュラフ関連、湯沸かしセット、ダウンパンツ。
9キロ!夏のテン泊並み!(>▽<)

竈門神社に着いたのが22時。


途中、真っ暗闇なので写真無し。
さすがに誰もいませんでした。

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山頂到着、23時半頃。
誰もいない。

上宮独り占め~!(>▽<)

マットとシュラフを引いて、もぐりこみ、青い明太子と化して、準備万端!

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おお~!
ここめちゃめちゃええやん?
一晩お貸しください~
テント張ってないんで大目に見てください~


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月が明るい。

沈むのは2時過ぎとのこと。
それでも流星群がたくさん見られました。

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2時半。
月が沈みました。

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星がたくさん出てきました。
流星も二個いっぺんにとか!

最高~~!(>▽<)


カメラはデジカメ。
cannonのpowershout G7X mark2
星空モードがあって、タイムラプスが撮れます。

が!接写はまったくだめ^^;
花をとるか、星をとるかで、年に数回しか撮らない星をとりました!

一眼ならもっと綺麗なんでしょうが、満足してます。

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3時!撤退!
そろそろ朝駆けの人たちが登ってくるし、寒さの限界~~!
(なんて山や^^;

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ザックに霜がおりてました。

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博多の夜景。
下山です!

途中でこれから山頂で流星群を見るという、5人くらいのグループに会いました。
シュラフなしで長時間は辛いぞ!

朝駆けで登ってくる人とすれ違ったのは3人!
さすが宝満山!

「10時から来た?凄いね!」
と言われる。
いやいや、毎朝この時間に朝駆けされてる皆さまよりは(>▽<)

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竈門神社に着いたのが4時半過ぎ。
独り占め上宮で、流星群堪能しました!
ありがとうございました(>▽<)

 

2021年11月29日 (月)

ダイトレ*テン泊縦走 ② ~二上山~紀見峠~

ダイヤモンドトレイル、奈良の屯鶴峯~葛城山~金剛山~紀見峠を繋ぐ縦走です。

二日目。
テン泊でわくわくし過ぎて、2時に起床。
(だいたいテン泊の日は、早く寝るので起床も早い)
ゆっくり朝ごはんを食べ、テント撤収。

6時半にスタートです。

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奥の一番高い山が金剛山。
まずは、あっこまで行きます!
葛城山から水越峠まで一時間、木段の連続!
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ここが一番酷かった。
上がってきた人が「ここ越えたら、金剛山までは楽に思えるよ~」と。
マジですか!頑張りますっ!びっくり
元気になれました。

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水越峠まで降りて、また木段。

ダイトレコースだと金剛山まで山を巻いて行くので、下から見上げるよりは、それほど大変じゃなかったです。
(巻くとは、直接登らないで回り込んでいく感じ)
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真ん中の一番高い山から、その下にある山々を歩いてきました。

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金剛山の葛木神社の鳥居!
ここまで葛城山から3時間弱。

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葛木神社~!

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拝殿。
葛木岳はこの裏になるので行けません。
神社の前に山頂標識があります。

来たかったよ~!

山の上にある神社や奥宮。
自分の足で歩いてくると格別。
“繋いできた“感じがします。

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福石。
皆、気を浴びてた!

Dsc_0386_20211129161801夫婦杉。

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転宝輪寺の不動明王さん。

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行者堂。

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役小角さまがお山を開きました。'
御所のお生まれでしたね!

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金剛山山頂の周囲には山頂が4つあります。
二つは行ったけど、後は今度。
神社やお寺がたくさんあり、土曜日だったので人がいっぱいでした。

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金剛山山頂~!
ここもライブカメラで撮るので人がいっぱい。
合間に撮らしてもらいました。
山頂で1時間ほど、うろうろ&ご飯を軽く食べて出発。
この時、お湯沸かしてポットに入れてたのが助かった!

ここからゴールの紀見峠駅まで、標準時間で6~7時間!

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奈良~って感じがしますね。
正確にはこの辺り大阪! 

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久留野峠。
峠に来たらまた登り。

ここから紀見峠までは、アップダウンも緩めで消化していく感じ。

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途中、奈良が見えました。
霞んでる~!
まあ、これもよし!

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谷尻峠。
金剛トンネルが下を通ってます。
いくつかの峠を過ぎ、

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行者杉

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後、3.6キロ。
いくつかの峠を過ぎて、

Dsc_0434_20211129162301この階段を一時間、降りきったら、紀見峠。

途中足がもつれて、手足と頭が痺れて動けなくなり、座り込む。
低血糖か?と思い、ココアとコーヒーと行動食を食べる。

治らない。
これは、シャリバテかあ!
と、アルファ米の残りを食べる
(二度目なので慣れ!^^;

お昼が足りなかったんだな。
30分ほど休んだら戻ったので再び歩き出した。

山に登る時は、おにぎり1個とか余分に持って行きましょう(残しておく)。
自分が思うよりも体力使うので、たまーにこういう事があります。

昔は、こういう時のことを、餓鬼やヒダルガミがついたとか言われてました。

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紀見峠に着いた~!

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ダイトレの紀見峠のプレート!

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ゴールの紀見峠駅!

15時17分!
金剛山から5時間弱。
葛城山~紀見峠まで、1時間の休憩入れて9時間弱でした。
早く着きすぎて、新大阪の駅で3時間程、時間つぶしました。(念のため、遅い新幹線を予約)

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二日目、葛城山~ゴールの紀見峠駅まで。
地図は、こんな感じ。
金剛山周辺、巻いてますね。
別ルートも面白そうです。
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縦走、最高!
昔、住んでいた奈良。
山を登るようになって、いつも見ていたあの山々を歩きたいと思っていました。
奈良に住んでたら、歩いてたのに、と。
ならば、歩けばいいじゃんと決行!
                            .
山の魅力にはまると、登らずにはいられなくなるのです。
なのに、彼女は奈良のお山を登ってないのです。
今回、感じました。
                                                            .
ここには、彼女の痕跡はありません。
筑紫にはこんなにあるのに。
                                                                .
“彼女“、神功皇后は、奈良のお山に登る程、長くはいなかったのです。
                       .       
来なかったか、
すぐに帰ったか、
登れない状況にいたか。
(怪我をしたか、すぐに亡くなったか。多分、それはない)
                                                                .
お山無しでは、生きていけない。
登れる足がまだあるなら、どこまでも登りたい。
                                                       .
その衝動は、抑えられないのです。
そこに神がおられると感じたのなら、尚更。
                                                     .
彼女は、「その後」ずっと筑紫にいたのです。

この話はまたいつか。

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